#044:恐喝かっ(あるいは、tenderness and money)
「……ダテミっちさぁ、次の試合、ぶっちゃけ負けてくんねえ、っつう相談なんだけど」
「いくらぁ? あんたが3勝して予選突破したら、300×2×2×2でぇ、2400万! 最初の供託金差し引いて2100万がとこ浮きってことでしょ? あたしも失う300万があるからそれもコミで600万いただけたら考えなくもないけどぉ」
下界カラ、下賤ナル者タチノ、浅マシイ会話ガ立チ上ッテ来テイル……
「はあ? 600!? いいとこ400っしょ。あんたが勝ったところで『2勝3敗』で、4勝以上のユズランと3勝確定のセンコが決勝に上がんの確定って分かってんだろーが。あちきが3勝なら、センコと決定戦に持ち込めるっ! あの図体バカにはさっき一回勝ってんだ。『格闘』持ち込む前にまた電撃で沈めてそれで決勝確定、あんたも100万持って帰れんだからよぉ、ガメた事言わねーでさ、実を取ろうってぇ」
二人の似通った下衆女が足下でわやくちゃやってるが、カネ、カネ、カネ。もううんざりだ。
もめ合う二人が廊下の曲がり角に差し掛かった瞬間、私は身を張り付けていた天井の角から、ふわりと二人の背後に降り立つ。
「……!!」
「!?」
風と気配を感じただろう二人が振り向く前に、その汚い質感の左右の首元に、手にしたふたつの切っ先を突きつける。
「……双方動くな」
私の地の底から響くような声に、二人の背筋がのけぞり硬直する。
「あ、あああああんた水窪……さ、さっきはよう、な、なんでいきなりよぉ、ヒトが変わったりしたんだあ!? イカれちまったのかよぉっ!?」
「お、おおおおおめえ、それに今さら何の用だっつーんだよ! あと一個、消化試合やってさっさと消えろってんだ! 今さらあちきらに難癖つけようなんて、お門違いもはなはだしいっつーんだぜっ!!」
口々にかしましくわめき散らす女どもの首を、両手に携えた得物でぐいと圧迫する。
「……黙れ。余計なことを喋れば、土師潟の骨より削り出したこのナイフが貴様らの頸動脈を貫く……」
私の言葉に、ケツから電流をぶっ込まれたかのように、背筋をさらに伸び切らせる二人。まあ、ほんとは丸男が食べてたチキンの骨を折り取ったものだけど。切っ先の鋭さは結構なものよ?
「あ、あばばばばば……」
既に言葉を発することが困難になるほど怯えて体が震え出したダテミと、
「ば、バラした? バラしたのっ!? ねえバラしたかどうかだけはっきりさせてよぉぉぉっ、そこ掴んどかないと、この後の対応がわかんなくなるからぁっ!!」
追い詰められすぎて逆にキレ始めたカリヤ。めんどくさいな。
「シツモン……スル……コ〇ス」
掠れた声と共に、切っ先をやんわりとめり込ませていくと、双方が漏れ出る悲鳴をも飲み込もうと必死の形相になっているのが窺える。最初からそうせえ。
「……オマエ……ツギ……勝ツ」
ガタガタ震えている左のダテミの耳に囁き、
「オマエ……ツギ負ケル。従ワナイ……ソレモマタコ〇ス……」
右のカリヤにもそう吹き込むと、二人はがくがくと首肯してくれたので解放してあげる。
「……決定戦で、お会いしましょうね」
床にへたり込んでしまった二人が、涙と鼻水に彩られたキツい顔を向けてくるので、最後に、にこりと笑ってそう言い放つと、私は颯爽とその場を後にする。
これでお膳立ては完了。あとはユズランとの決戦ね。カワミナミくん情報によるとかなりの手練れらしいけど、やってやろうっつうの。
湧き上がる自分の中の獣感と決意を新たに、私は対局場へと向かうのであった。