★#040:奉仕かっ(あるいは、純真無垢/品性高潔/清廉潔白)
「ムロトえらい急いで帰っちまったけどよぉ、何か用事でもあったんかなぁ」
ロング缶のような筒からポテトチップスを絶え間なく摘まみ出しては頬張りながら、丸男さんが医務室へと入れ違いで入ってらっしゃいますけれど。
「……ジョリさんの助手兼秘書、みてえなこと言ってたからなあ。まあ元気そうで何よりだ」
その後ろからアオナギさんがいつもの気怠そうな仕草で続いていらっしゃいますけれど。
「……」
私はアクリルの箱の中にある、暗い色をした小瓶のようなものをずっと眺めていましたの。
何か久しぶりに、顔も見えない知らない方からの、ぽんと軽やかに投げられた善意を受けとったかのような、そんな、胸の奥がほわあと温かくなる気分に浸っていましたのよ。
「水窪、ジョリーから電話だ」
と、その送り主と思われる方から、ジャストなタイミングで通話が。カワミナミ様がご自分の携帯の画面を私の方へと向けてくださるのですわ。
刹那。
<おはぼんじゅぅぅぅぅぅぅるぉぉぉぉおるのっほおおおうっ!!>
野太い怒号のようなスピーカー音声が、私のじんわり熱を持ち始めた顔面に浴びせかけられますの。
画面には古代アステカ辺りの面をイメージさせる、彫り深く、けば立つ表面の質感を持った巨顔が、何かの謝肉祭の祭司のような白塗りにどぎつい紋様が施されて、画面枠からはみ出すようにこちらを見ながら、むほほむほほと笑っていましたのよ。
<……あなたが、ワカクサぁぁぁぁん? あらぁ、かわいい顔が台無し。んでも、問題はそこじゃあなさそぉぉねぇぇん>
サイコパスの殺人実況動画のような立ち上がりでしたので、つい身構えてしまった私でしたが、名前を呼ばれて、ああこの方がジョリさんですのね、と自分に言い聞かせ、こくりと頷く。
問題は、私の中で未だ眠る、若草のことですのよ。
<あなたよく頑張ったわぁ、対局動画は全部見させてもらったのよぉん。んで、いきなり結論なんだけれど、あなたの中のケダモノが出て来ないのは、何というか、ただの『照れ』>
え? 意外な答えに私の表情筋は固まってしまいますの。若草は、自分の受けた心の傷を癒すために閉じこもっているのでは無いのですの?
<傷なんかとっくに全快してんでしょうに。てゆーか豪放磊落に見えて実は自意識の塊っつーメンタルは結構ありがち。今だって周りの様子をチラ見しながら、恥ずかし気に自分の『出』のタイミングを伺ってるサマが目に浮かぶわよぉん>
ジョリさんの的確な推察には、私、思い至るところがありますの。だって私も若草なのですから。
「お、」
おどりゃ若草ァァァァァァっ、というような、迸りそうな叫びを必死で噛み殺しますのよ。
「……」
少しやさぐれた目つき顔つきに変わっただろう私の顔を見て、丸男とアオナギが後ずさるのですわ。とんだピエロでしたのよ、私は。
<……そんなあなたに、私からの餞の逸品よぉぉぉ。疲れた時は、まず甘味>
ジョリさんの言葉に、ふっ、と我に返り、いただいたアクリル箱を開けて中箱を引き出しますの。
「超然如精」
濃い藍色の二合くらい入っていそうな瓶……そのラベルには毛筆の踊る文字が。お酒……いえ、よく見ると周りが銀紙で包まれた、これはチョコレート……ウイスキーボンボンの日本酒版? みたいなものですの? それにしても見たこともないほどの立派な大きさですのよ。
<なかなか市場に出回らないレアものなのよぉん。予約じゃ一年くらいかかるって聞いたから、タッちゃんのつてを頼って取り寄せてもらったのぉ。どうお? 気に入ってもらえたかしらぁん?>
「ふうう……ええとても」
人心地つきましたのよ。……最高の差し入れでしたわ。ジョリさんと、それを届けていただいた「少年」さんに感謝ですわ。
お酒のせいか、少し眠くもなってきましたけれど。もう眠る時なのかも知れませんわね。
それでは、皆様、おやすみなさい。そしてごきげんよう。そして。
……若草、あなたの手番ですのよ。