#030:汗顔かっ(あるいは、アグリ文化テクニック)
巨大なブース内には、三つのリングが、対角線上の頂点同士を結ぶように斜めに並んでいるのですけれど、いよいよ対局開始となった瞬間、それらの間に、仕切りのような半透明の樹脂製の壁がふすまのようにスライドしてきますのよ。
お互いの対局は見ることが出来ませんのね。まあ私は目の前の対局に集中しているわけで、却ってその方が良いのですけれど。
頭上からのライトの列が、私の顔に強い光を浴びせて来ますの。私と、対局相手のカリヤさんとおっしゃる方は、対局シートに体を預けたまま、三メートルくらいの距離を持って対峙していますの。
カリヤさんは相変わらず目を細くしながらキシュシュシュみたいな声を上げて笑っていますけど。何がおかしいのでしょうか?
「キ、キ、最初があんたみたいのに当たるなんて幸先よいわぁぁぁ。いんのよねぇぇぇ、こんな格闘バァカがっへっへ」
私に対する侮辱ですの?
反射的に右足が出そうになったものの、流石に椅子に深く腰かけている状態では蹴りは放てませんのよ。あくまで「ダメ」と「格闘」は切り離されている……この思い違いが、大変なことにならなければいいのですけれど。
「……それでは第1ピリオド、ライトリング!! 対局を開始します!!」
先ほど滑り出て来た「仕切り壁」。その何も無さそうだった白い盤面に、いきなり派手な原色衣装の女の方が映し出されましたのよ。
真っ黄色のふわふわのショートドレスに、黄色いバラがこれでもかと盛られた帽子を、そのあざといほど傾げられた、可愛らしい小さなお顔に乗せていますわ。
スクリーンになっていましたのね。その150センチに満たないだろう小さな体を大きく動かしながら、黄色少女は可愛らしい声で私たちを紹介してくれましたわ。そして、
「……実況はわたくしっ、セイナちゃんが担当するのだっ!!」
うん、元気っ娘路線のあざとー全開ですのよ。そのアニメ声に呼応するかのように、ブースで隔てられた「外側」の球場から、うなるような振動が伝わってきますの。うーんですわ。
「持ち時間は各自『一分』っ!! それではダメパート、レディー……ゴーだよっ」
真顔になっている場合じゃありませんの。
結構すっ、と対局に入るのですね。カーンっとゴングが打ち鳴らされる音が響き渡り、私の初対局は、いきなり始まりましたのよ。
間髪入れずにカリヤさんが着手した事が、電光掲示板に黄色いアイコンで表示されましたわ。来るっ……この先制攻撃を、いなしますわよっ。
「……あちきってば、二人の男におんなじ日に告られたことあんだけどー、二人ともにOK出してからー、翌日やっぱり好きなヒトがいるの、って、二人並べて同時ごめんなさいってした、そんな思い出」
……え?
……何ですの、この異次元。
確か「対局シート」には高性能の「嘘発見機」が取り付けられていて、嘘をついたと判断された瞬間、全身がえび反るレベルの電流が流されるとのアオナギさんの説明が前にありましたのよ。
それが反応しないということは……真実。
このネズミのような面構えの方が? いえ、必ずしも顔が全てではないにしろ、一人称「あちき」の、キシュシュと笑う女ですのよ?
私は呆然と、固まってしまいましたの。それがいけなかったのですわ。