#029:仮性かっ(あるいは、so,let’s 葬列)
<格闘パートは『1ラウンド3分』の、打撃戦となる。細かいルールはキックボクシングのそれに準拠するので各自確認しておくように>
ハツマさんの説明は続きますけれど、さっきの「アドバンテージ」とやらの詳細は無いのですわ。私がそれを質問しようと手を上げかけますと、
<……大きく異なる点は、各自、身に着けてもらった『対局服』にある。特殊な繊維で編みこまれたそのスーツは、衝撃を与えると硬化する性質を持っている。つまり、打撃を受けると、その体の部位を動かすことが困難になるので留意するように>
そんな繊維があるなんて……初耳ですのよ。私の流線形のボディを包む黒い全身スーツは、着る時はかなり伸び縮みしていましたけど。
<説明は以上だ。後は随時、補足する。3分後より、『第1ピリオド』の開始だ。各自、グローブとプロテクターを着けて、リング脇に留められた『対局シート』に着座すること。では準備開始>
有無を言わさず、そう告げられましたの。慌ててセコンドの御三方を見やる私ですけれども、カワミナミ様は慣れてらっしゃるのか、落ち着いた様子で水色のグローブを私の手に嵌めてくださいますのよ。
「……今までの説明では、『オフェンス』『ディフェンス』の『アドバンテージ』くらいしか目新しいところは無かった。それが却って不気味だが、まあやるしかない。DEPを放って、後はロー。それだけを考えていけ」
両拳を嵌め込んだグローブを目の高さまで持ち上げて、ばしりと気合いを入れてくださいましたわ。私やりますのよ。
「……あねさん。諸々あったが、ここまで来たら全部をぶちまけてくれ。戦って、勝って、得る。当然のことを、当然のこととしてやる。それだけだぜ」
アオナギさんはヘッドギアのようなものを頭に被せてくれながら、そうおっしゃってくれますけど。格言めいたその発言の意図はあまり掴めませんが、言われなくてもやる所存ですのよ。
「え、えー……が、がんばってでげす!!」
丸男さんは、足の甲から脛にかけてを覆う、グローブと同じような材質のプロテクターらしき物を巻いてくださいましたけど。やはり喋り方は定まりませんのね。
「……」
でも皆さんのおかげで、私のテンションはニュートラルからちょっと上目のいい状態ですのよ。呼吸を少し意識的に深くするたびに、体の中に清浄な「気」が満たされていくような、そんな感覚が湧いています。準備……万端ですのよ。
私はグローブの両拳を軽く打ち合わせてから、リング下に巨大なアームで支えられている座席に体を預けますの。その「シート」は大き目の安楽椅子のように体を包み込むようにして受け止め、肘掛けにグローブを嵌めた両腕を乗せ、足置きに両足を乗せると、不思議なくらい、体と一体化するようにフィットしましたのよ。
姿勢が固定された、と感じた瞬間、私の座るシートは、下から支えるアームの力によって、音も無く、上空へと昇り始めますの。リングロープをまたぎ越えるようにして、リングの中へ。キャンバスから20センチくらい浮いたところで固定されましたわ。
<第1ピリオド:ライトリング:
E:崎本 カリヤ VS F:水窪 若草>
私から見て右側の、ひときわ大きな電光掲示板に、そのような文字が現れましたの。
お相手は、と正面で同じようにシートに着いている対局相手を見ますと、ぺしゃっとした金髪をヘッドギアを覆うように垂らした、丸眼鏡で歯の剥き出た、薄ら笑いを浮かべた方と目が合いましたの。
あまり……お強そうには見えませんわ。初戦からラッキーなことですのよ。というような私の油断しきった考えを、この後、盛大に後悔することになるのですけれども。