#エピローグ×エピローグ#
#エピローグ:あるいは、●アオナギ目線による/モノローグ
正直、こんなことになっちまうとは、思ってもみなかった。
ひと気の無いベンチに座り込み、全面禁煙であることを思い出してパッケージを胸元に力無く戻す。
あれから1年。早いもんだ。俺らが誘った、あの「女流謳将戦」からは1年とちょっとってとこか。
懐かしい。あんなにも煌いて、そして躍動していた姐さんが……にしても早過ぎる。……早過ぎるだろうがよ、姐さん。
「昭和生まれ」連呼してたが、聞いてみたら生年は「昭和63年」だと。「三十路過ぎ」連呼してたが、30歳ちょっとっつーのはこのご時世まだまだ若い、若手レベルじゃねえか。何だってんだ。
10月になっても外の空気は生ぬるい。それを上からかき混ぜるかのように、弱い雨が滴り落ちてきている。例年のことだから、この異常とも思える気象には、そろそろ慣れてはきている。言ってみりゃあこれが「例年」になっていくのだろう。これからも。しかし。
俺らの愛した、愛すべきダメ人間、水窪 若草は、もういない。その事を胸の奥の奥の方で反芻するようにしてみると、やるせなさとせつなさという、もう俺にはとっくに枯れたような感情がまだ残っていたことに驚かされる。何でだ。
病院の中庭から見上げる正方形に切り取られた空は、灰色と黒が混ざり合った何とも言えないどんより模様だ。……俺の今の心境が、空にも映し出されてでもいるってぇのか。くそが。と、
「兄弟、そろそろ……」
中庭の出入り口から、相棒のそんな力無い声が聞こえた。着慣れないスーツを着込んで、それで誠意でも見せようって肚かよ。そんなのが通用するタマか、あれは。
俺はいつもの擦り切れた合皮の上着に、ぐずぐずのジーンズという変わらない出で立ちだ。ことさら特別なことじゃねえ。特別なことじゃあ断じてねえんだ、と信じている。だから俺は普段のまんまの俺で向き合ってやんよ。
意を決し、俺は相棒と共に、姐さんが待つ病室へと重い足を引きずるようにして向かう。
………………
「……姐さん、いろいろと迷惑かけた。すまねえ」
物言わぬ仰臥した顔に向けて、俺は精一杯の言葉を絞るようにしてひり出す。個室の中には得も言われぬ透明感のある静謐が満ちているように感じられた。決して居心地のいい空間ではないが、俺は何とか自分に鞭打って言葉を紡ぎ続ける。
「でもよぉ……あの時は楽しかったと、今でもそう思い出しちまうんだ。俺は。だから……だからよぉ」
それ以上は言葉にならなかった。言葉が出て来なかった。
言葉にする端から、全部が全部、嘘みたいになっちまうような気がしてきた。嘘発見機が取り付けられてたら、えび反るレベルの電流が流されるっつうの。
そんな情けない俺の後を引き取って、相棒がその後を続けてくれた。ずいとベッドの前にそのでかい図体をせり出し、おずおずと口を開く。
「へ、へへへ……返済を、あと半月ほど待ってはもらえやせんでげしょうかねい? ね、姐さん? 姐さんとあっしらの仲じゃあねえですかい、ね、ね、ここはひとつ。よしなに。よしなにこふ大感謝祭、何つって、げへ、げへへへへへへ」
意味不明の脱力ネタも、心無い追従笑いも、通用しないことは分かっていたが。
「……言いたいことは、それだけか」
不気味なほどにゆっくりと目を開けたそのお人は、似合わないことこの上ないピンクのボーダー柄のマタニティガウンに身を包みながらも、見た者に戦慄と恐怖を平等に与える、不気味谷の表情でこちらを睥睨してきたわけで。お、オバヒィィィっ!!
#真エピローグ:臨兵闘者皆陣列在前かっ(あるいは、新たなる、ダメの/人生の、夜明け/幕開け)
ワカ「っんこちとら慈善事業やってるわけじゃねえんだ!! 20万がとこ、さっさと耳揃えて払いやがれいっ!! 無理なら、エゲツないそれ系の企画モノを案内してやる……せいぜい食道と括約筋を使って稼ぐんだな……」
アオ「ぼ、ボクら一緒に戦った仲間やないですかぁっ!! 何で無理やりカネ貸しつけといて法外な利息とるのッ!? アンタ変わったよ!! 変わっちまった!!」
マル「あの頃の姐やんを返しておくれよぉぉぉぉっ!! あの時、昏睡したあなたを運んだのは他ならぬこのあっしでげすぜ!? ひどかったんでやんすから!! 胃液糞尿垂れ流しの状態であごぉ……っ!?」
丸男の耳障りな声を、マントンの気合い声と共に、繰り出した右手指でその馬鹿でかい顎関節を外すことにより封殺する。こいつらは全く変わってないな。上体を起こそうと、ベッドのリモコンに手を伸ばす。その横に下げられた「眞供沢 若草様」と記されたネームプレートを見やって、やだ、やっぱりしっくり来てるぅ、とひとり悦に入ってしまうけど。
臨月も臨月。予定日も予定日だっつうのに、こんな奴らとわやくちゃやってなきゃならない自分が、心底かわいそうになる。
まあ1年前の「選別」を切り抜けられたのも、というかそもそも生きながらえていられたことも、何というかあの「ダメ」の諸々があったからと思って恩義はかけてやってる。しかし、こいつらに働く気力がないのなら、こちらから面倒をみてやらねばなるまい……っ
と、私が枕元のスマホを引き寄せて、然るべき業者に連絡しようとした時だった。
「若草っ、ダメじゃないか、安静にしていなければ……っ!!」
息せき切って個室に入ってきたのは、「株式会社 眞供沢金融」の御曹司にして副社長、そして私の旦那様であり、容姿端麗、品行方正、温厚篤実、公明正大、英明果敢なるところの、眞供沢 恭介そのヒトなのであって……
ワカ「あらんアナタぁ、お仕事どうなされたの? 私の方は心配しないでって、そう言ったのにぃん」
マトモ「そうもいかないよ、案の定、不安で不安で仕事になんかなりやしなかった。早めに切り上げてきたんだが、どうしたんだい? この輩たちは……」
ワカ「それが……何かお金の工面をどうとか……」
マトモ「……そう言えばキミらは、いつぞやも若草に絡んでいたな……いい加減にしないと、法的処置を取らせてもらうぞッ!!」
アオ「あっるぇぇぇぇぇぇっ!? あ、あんた、がっつり騙されてるよぉぉぉぉっ!! こんなぱっと見の、度し難い女狐に、あっさり引っかけられちゃってるぅぅぅぅっ!! おいおいおいおいムロトじゃねんだからよぉ! 仕事どんだけ有能か知らんけど、こと女に関してはっ!! 節穴以上ッ!! 電極を大脳に直刺しするタイプのVRかませられてるとしか思えねえぇぇぇ!!」
マル「何でこんな昭和まる出しのメンタルの奴がこの21世紀も成功してるんでげす!? 皆目わかりませんでげす!!」
マトモ「言い分は法廷で聞こう。……そうだ私だ。若草の部屋に不審者が二名入り込んでいる。何をやってるんだ。さっさと来てつまみだせ」
アオ「姐さん!! あんたが望んだのはこんな未来かっ!? 結婚、出産? こんな昭和ステロタイプの幸せ、規格外のあんたには全くもってそぐわねえっ!! また三人で遥かな高みを目指しましょうぜっ!? ねえさぁぁぁぁぁぁんっ!!」
マル「そうでげすッ!! 我ら三人、崇高なる意志でおもろげな未来を掴み取らんとす、現代の反骨三銃士じゃないでげすかぁぁぁぁっ!! アッー!! 痛いッ!! 腕折れるッ!! なにあんたら黒服ッ!? え? 私的な!? ぎにゃああああっ!!」
ワカ「やだ……何かこわいわ、あなたぁん」
マトモ「大丈夫だよ若草、もう大丈夫。おい……よく聞けッそこのチンピラどもっ!! 二度とその間抜け面を私たちの目の前に晒すんじゃあないッ!! 理解したか? わかったのなら、とっとと……消え失せろッ!!」
アオ「言われなくてもこっちから願い下げだっつうんだよぉぉぉっ!! 何が『あなたぁん』だ、バッカじゃねぇのぉぉぉっ!? バーカバーカッ!!」
マル「そこの優男っ、あとで吠え面かくなよぉぉぉっ!! カネがっ、カネがなんぼのもんだっつうんじゃああああぁぁぁっ!!」
……お互いがお互いをテンプレで殴り合うような言葉の応酬の中、
「あ」
私の下腹に、今日いちのビッグウェーブが訪れる。何これ。これか、ついに。想定外。
あたたたた、と顔を歪めながらも、頭の上あたりを手探りで掴んだナースコール。その手触りが「あの」最終戦での「アクセルボタン」を思い出させてきて、ちょっと微笑んでしまうんだけれど。騒々しい廊下の向こう側から、看護師さんの、やけに明るくも余裕のある声が近づいて来る。
力を抜きつつ大きく深呼吸をして痛みを逃しながら、私は一度思い切りいっぱいの笑顔を振り向けてみた。目の前で捕物まがいのどたばたを繰り広げている、この愛すべきダメ人間たちに。
そして、
……結局私は、これからもダメな自分と向き合いながら生きていく。生きていくんだろう。
でもそれって普通のことよね。誰だってダメな自分を克服しようとしたり、折り合いつけようとしたりして、真顔で踏ん張りながら四苦八苦してんでしょ。私はもうそれを知っている。だからもう、気にしない。
そしてこの子が無事生まれ出でてきてくれたのならば、自分以外の全部の世界を見せてあげたいな。ダメなものも、そうじゃないものも全部。
愛すべきダメに彩られた、どうしようもなく度し難く、どうしようもないほどに美しい、この世界を。
(Nooooo!!)ダメ×人×間×コン×テス×ト×V★2 (完)