#171:狼藉者かっ(あるいは、挽歌/悟り合い/ブラッシュアッパー)
1億円。
正気で考えると大した……いや、途方もない額だ。
けど私はそれを湯水が如く、つぎ込む、突っ込む。換算レートは「時速100km=10万円/秒」みたいなことを言ってた。なら1億円は?
……10万km/時だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
光速の3分の1くらいの速度。実際そんなに出るのかは分からないけど、このVR空間では、ありなんだろうとしか言いようがないし、言うしかない。とにかく、瑞舞に先んずることが出来ればOKだから。
野郎の思考の埒外での「1億GET」と、そこから瞬時に攻撃へと転じた、私の方が一瞬早かった。とんでもない勢いで、瑞舞との距離が縮まる。
「!!」
小細工なしの右ローが、野郎の左膝関節辺りに、相当な突進速度を上乗せされて撃ち込まれていく。鈍い打撃音。身体の内部をも、揺さぶるような。ゆーじゃるさすぺくつ、みたいな呻き声を残し、空中で一度のけぞるようにしてから、うずくまる瑞舞。
しかしこれでラストじゃあない。まあ蛇足になるかもだけど、シメが無いとしまらない、よね?
虚空に向かい、意味不明のいい笑顔を振り向けた私に。
丸男、アオナギ、カワミナミ君……
姐やんを始めとする歴代の「世代人格」たち……
ハツマ、大佐、かざみ、シギ、センコ……
様々なやつらの像が、確かに焦点を結んだ。みんながみんな、意味不明のいい笑顔。そしてGOサインとばかりの、親指立てポーズ。
……ならばぁぁぁぁっ!! いくしかねぇぇぇぇぇぇっ!!
残るエネルギーは本当にあとわずかだ。保ってくれよぉぉぉぉぉぉっ!!
尋常ならざる痛みで動けなくなっている瑞舞の肩に、私は自分の頭を滑り込ませる。瞬間、インカムに入ってきたのは、ハツマの助言めいた言葉だった。オッケー、そいつで行こう。
瑞舞の両脚を両手で固め、いやもう何度目? くらいのシメ技の体勢へと、するりと持っていく私。いやー、大分慣れたわこれ。着弾点は頭上に迫る「木星」。残る「推進力」を使って、全力でそこに叩きつけてやる。
「おおおおおおっ!! 『NEOPPIROGE MAN 29バスター:フィロ・テナーレ』!!」
上下逆さまになった姿勢で、私は推進力を使って上空へカッ飛んでいく。軌道に乗った。後は頭上の「木星」に着地するだけ……
しかし、だった。
「……!!」
ぷしゅん、みたいな音を立てて、いきなりその飛翔は止まってしまう。頭上の「木星」まであとわずか5mくらいの所で。そうか、やはり……
エネルギーが枯渇した。私と瑞舞の体は推進力を失って、空中を低重力ながらずるずると滑り落ち始める。
<くっくっく……どうやら悪運尽きたようだぁ、水窪クン? 私のこの身体の痛みが止んだのなら……圧倒的な力をもってキミを叩き潰すよぉ? そうさ、このままキャンバスにたどり着いたが最後、身体も動かせなくなったキミをどうにかするのは、苦もないことなのさぁ>
余裕を取り戻してきやがった。テンプレ感満載の物言いがその証拠だ。対する私はこの逆転された圧倒的窮地において、更なる打開策を模索するほかはない。