#169:類型的かっ(あるいは、その中枢、貫くべからず)
「……!!」
もう問答は本当に無用だ。野郎……瑞舞の世迷言には全く鼓膜すら貸さずに、私はただただアクセルボタンを押し込むことだけに専念していた。瞬間、沸き起こる謎の推進力。最後の最後にきて、私はこいつの扱い方、推進力の乗った自分の身体の操り方を会得し始めている。
真っすぐ飛び込んで右膝一発で決める。それだけよ。
上空約60°くらいへと一直線に飛び出した私は、完璧な間合いとタイミングで踏み込めたことに満足する。拳ではなく、ここはやはりより威力のある膝で。
右膝を野郎の顔面に撃ち込む。その後はどうなるか分からないけど、取り敢えずこいつは伸す。伸さないと何か私の気が収まらないのよ。と、私は自分の行いの正統性をあれやこれやと考え始める。
しかし、だった。
迫る野郎の顔に、まだ余裕という名の醜い笑みが張り付いているのを確認するかしないかの瞬間、私は左方向から、途轍もない重量を持ったものに衝突されたような、そんな衝撃を受けて弾き飛ばされてしまう。
「かっ、は……!!」
上空3mくらいからキャンバスに叩きつけられ、そのまま身体を一回転させられてしまう。思わず声が出ちゃったけど、何なの今のは? 視界の、さらには思考の埒外からの衝撃。
<っは、っは! だからチート能力を持ったと言ったろう? 今のは私の『右掌』を巨大化させて軽く払っただけの単純な攻撃だが……キミの出足を挫くには充分、いやそれ以上に痛烈なカウンターとなって撃ち込まれたようだねえ……っはっはっは。私にはキミがどのタイミングで「アクセル」を押したかということまで感知できるんだぁ。その上でそれを上回る速度で、的確に対応できるとぉ。いや正に最強。この世界の神である私に……跪き、忠誠を誓うのなら、まだ私の手の内で踊る『ダンサー』として雇ってあげてもいいんだよぉ? 悪い事は言わない。もうキミは詰んでいるんだよ。さあ、おとなしく我が軍門に下るんだ。それとも300万の『供託金』を毟られて、おめおめと家路に着くかい?>
ここまでテンプレの長台詞を聞かされることとなるとは。でも今の私は、その嫌悪感よりも、立ち直るための時間を欲している。だからうずくまったまま、野郎に気持ちよく喋らせてやってるわけだけれど。
でもここから立ち上がったとして、何が出来る? 左腕のバングルに表示された「残金」は今や「335万」。もうそろそろ動くのもままならなくなるほどの数値だ。そして例え動けたとしても、どんだけ推進力を増したとしても。
……野郎には届かない。
「……」
……ここまでか。私はキャンバスに頭をつけたまま、起き上がれなくなっている自分に気付く。人生に立ち向かう気概は生まれたけれど、それをやはり凌駕してプレッシャーで押しつぶしに来たかよ、人生め。
諦めの境地に一歩爪先を踏み入れかけた、その時だった。
<うおおおおぃ!! 姐さん、すまねえ、俺らも騙されてたぜぇぁっ!!>
いきなり耳元で爆発する野太い雑音。丸男……?
<まさか瑞舞のクソが出張ってくるとはな。だが安心してくれ、姐さん。奴を屠ること、そのことは実はそんなに難しいことじゃあねえ。なぜなら! こっちには最強の助っ人がついてくれたからよぉ>
それにアオナギ。あんたらセコンドとか言ってぇ……何も役にたってなかったやんかぁ……
怒りのポーズを見せてみるものの、はっきり心強さを感じている。それより「最強の助っ人」って一体……?
<……瑞舞は、過去、私を弄んだ男。そう言えばお礼参りが未遂だったこと、たった今思い出しました。奴を屠る手はのちほどお伝えしますが、その前に……>
ハツマ アヤ……!! 穏やかな心を保ちながら、その奥底に秘められた怒りの業火のようなものが、インカム越しにも伝わってくる。
SATSURIKUの予感……
<……若草さん。『残金』を増やす必要があります。でもそれにはここ一回、危険な橋を渡らなければなりません……>
ハツマの言葉が重々しく聞こえてくるけど、そいつぁ、あたぼうよ。「勝ち」があると脊髄で理解できたのならッ!! その瞬間スデに超絶やる気は全身に漲ってきてんのよ。
「……みなまで言わなくても! 危険であろうと! 橋があるのなら、きっちり渡り切ってやるまでよ」
私はそう言い放つと、急速に体の底から湧いて来た現金な力に任せて、自分の身体をまず立ち上げることから始めていく。