#168:臨界点かっ(あるいは、ベスチェスナット/似通るふたり)
<……なかなかの威勢の良い言葉だ。堂に入っているね……だが、その虚勢がどこまで続くかが見物だぁ>
テンプレ台詞集でも見ながら喋ってんのくらいの瑞舞の言葉は、逆に上っ面を滑りに滑って加速が付きそうなほどなのだけれど。中空に浮かんだままのその像は、私と真っ向きってやり合う気はさらさらないことだけは分かった。
余裕は感じられる。何に起因するのかは分からないものの。だが、この男ははっきりイレギュラーな存在だ。ハツマ……何でこんな奴に付け込まれてしまったのよ。
<ふっふっふ……私は全てを統べる存在へとなったのだ。この果てしなきVR空間をも! 意のままに操れるほどのね>
なるほど? ハッキングか何かは知らないけど、この空間はこいつに乗っ取られたと、そういうわけか。
……いやそれってヤバくない? 何でもアリってことに……ならない?
「……」
内心の焦りを表には出さないようにしながら、私は自らの生命線、謎の推進力を生み出すための燃料、すなわち「残金」を、左手首につけられた端末で素早く確認する。しかし、
<っはっはぁ!! ようやく気付いたね? 自分がアクセル全開で相手を圧倒していただけに過ぎなかったことを。カネの切れ目が、運の切れ目。もうあっさりと降参した方がいいんじゃあないかと、私なんかはそう思うんだけどねえ>
瑞舞のわざとらしい嘲笑の中、私はしかし、追い込まれつつあることを悟る。
<920万>
表示は既に7桁に減少。その数字は、私の「残金」イコール残りエネルギーだ。一時期は2億を超えていたものの、瑞舞の言う通り、「アクセル全開」で突っ走った結果がこれだ。
ハツマ、かざみ、大佐との超絶バトルにおいて盛大にエネルギーを使ってしまった……使わざるを得なかった。途中申し訳程度にチェックポイントでの「補給」が施されたものの、下位での通過を余儀なくされた私は、それも焼け石に、だったわけだ。
私に残された稼働時間は、思ってたよりも短い。
<……それでもお望みとあらば、私自らがお相手しよう。まあルール無用のチートレベルでの……一方的ないたぶりに過ぎなくなってしまうことが、少々興ざめ感があるのだけれどねぇ。それによしんば君が私を倒しぃ、この『レース』に勝利したとしてもぉ、得られるカネは良くて1億。それにしたって、私が払わないと決めてしまえば、君の手には届かない>
……こいつは言う通り、思う通りに「この場」を自分に有利に「意のまま」に出来るのだろう。なら速攻をかけるしかない。応対できていない間に、野郎にこの最後に残った「920万パンチ」を喰らわせるしかない。
カネのことはもういい。こいつの頬骨に、私の拳のいちばん尖ったところをキスさせてやりたいと、今はそう思うだけだ。
しかし。
<それよりもどうだね? 若草クン。私と手を組まないかい? ハツマ亡きあと、この業界は再び私が乗っ取る。華麗なるプロデュースを施した、万人にウケるショーにこいつは姿を変えるんだ……巨額が動くぞ。君はそこで踊るダンサーだ。2億がどうだとか言っていたが……年収でそれを超えることも、ありえない話ではないと思うがねえ>
多分に顔力強めで作った嫌な笑みで、瑞舞は述べる。こいつは思考までテンプレか。しかも短絡的でひとりよがりの。
悪いけど、もうあんたに付き合ってる暇も余力も無い。私はまだ右手の中の「アクセルボタン」が生きていることをちょい押しして確認してから、改めて上空の野郎までの距離を目測する。