#167:乱気流かっ(あるいは、ダニエリ=ウイロイド外伝:so much 相馬ちん!)
<っはっはっはぁッ!! あまりの驚愕に声も出ないか……そう、私こそが瑞舞、この『女流謳将戦』を……乗っ取りに来た者だぁ……クククク>
絵にかいたようなテンプレ感と共に、宇宙空間を模した中空に、ひとりの男の像が浮かび上がる。周りで先ほどまで瞬いていた星々も、一時停止したようにその動きを止めていた。静寂。その中を中年の低い声だけが流れていっている。
<無論、いま現在の音声・映像は外には伝わっていないがね。愚かな観衆どもは、私の巧みかつ華麗なる編集によって感知できないレベルで引き延ばされた過去のそれを視て、いまも熱狂しているわけだぁ。くくく、こいつらも度し難い>
長身痩躯、無造作にうねりを持って流された中途半端な茶髪ロン毛としかいいようのない時代錯誤な髪形に、傲岸さが貼り付いたような顔にはこれまた正体不明のキツいフォルムのグラサンに、立派に蓄え整えられたヒゲ。
昭和のギョーカイ人が降臨した。瑞舞とそう名乗った男は、その高そうな茶色のスーツに包まれた体を、リングの上方に浮かせたまま、私と対峙しているけど。
<……水窪 若草クンといったね……まずはおつかれさまとの労いの言葉を掛けておこう。正直、やらせ一辺倒になるはずだった本戦において、キミは立派にそのスターリングアッパーとして立ち回ってくれた。この点については、あらゆる界隈からの評価が高い>
……何言ってやがる。その見下した感じの物言いが私の脳漿を不快に揺さぶる。
<……だぁが、全ては余興。前座くん達にはそろそろ舞台を降りていただく時間だぁ……本日集まったカネの多寡を知ってるかい? 水窪クゥン……?>
こいつの粘り付くような喋り方は何なんだ。濃い紺色と思しきレンズの向こう側からは、こちらを侮るような嘲るような、中年特有のいやらしさを内包した視線が向けられてきている。
<……『支度金』やら『席料』やらを合わせて約『9億』だよ。半日あまりのショーとしては破格の実入りだぁ>
「……『ショー』?」
その中年―瑞舞は私を無視して、つらつら喋り倒してきてたけど、ふと呟いた私の言葉に、正ににんまりとしか表現できない、多分にわざとらしい笑みを顔面いっぱいに展開してきた。
<『ショー』さ、これは。『魂の浄化の祭典』とやらではない。底辺の、有象無象の、ダメな輩どもが這いまわるサマを、酒や料理を嗜みながら高みから見下ろして悦に入るための、あるいは自分より劣る、不幸な人間を見て、自分の立ち位置をまだマシと確認したいクズどもの虚栄心を満たすための、何とはなしに視るだけの余興に過ぎん。キミは実に華麗に舞い踊ってくれたよ……私の掌の上で>
冷えてきている。大脳が、脊髄が、手先が、足先が。
代わりにふつふつと温度が上昇してきている部分がある。肚の底、丹田あたりだ。
案の定、わかりやすい「黒幕」だったよ。最後はこいつをSATSURIKUて、フィナーレるというのも、あるいは一興かも知れない……
私は瑞舞の粘り付くような言葉を払いのけるように、顔の下半分だけに満面の笑みを浮かべると、上半分は奈落谷底の感情の干上がり抜けた、根源の恐怖をこれでもかと揺さぶらんばかりのハイブリッドな表情を展開し、目の前のクソ野郎に対峙する。
エヒィ、との叫びを噛み殺しながらも、それでも余裕の笑顔を保ってぷるぷるしている姿が痛々しいな。
「……座興で終わる気なんかさらさらないの、私は。ついでにさくりと屠ってやるから、降りて来な。レースはまだ終わってない。あんたを倒して、ゴールを切る。それが私の決めたこと」
私の言葉は、既に無音となっている黒い空間に確かな芯をもって響いていく。