#164:野暮天かっ(あるいは、マーダー許可証持ち/銀牙系いち凄ぇ奴)
「『飼ってるわんこが、モクちゃんなんだけど、じぶんのしたうんちをほっとくと食べちゃう』」
「『モクちゃんはたまにわたしの脚にまたがってぜんごにうごいてくる』」
真打登場。「世代人格」きっての天然天才ょぅι゛ょ、ワカコちゃん6歳の像は、素立ちのままで、打撃技を繰り出しているわけでは決してないけど、その無垢なひと声ひと声があらゆる女性の母性に刺さっていくのか、相対する大佐も鋭利な槍でつつかれまくっているかのように、見えない打突衝撃を喰らって右へ左へと体が泳いでいる。
というかモク……あんたのDEPやん。ちっちゃい頃に父親だった男が、クリスマスの二週間くらい前の何でもない夜に、何のきまぐれかふと買ってきた、血統書付きのウェスティ。エサもらう時だけ、おすわりが辛うじて出来るくらいの駄犬も駄犬だったけど、それだけに可愛かった。可愛がっていた。
たまに散歩に連れ出すと、慣れてないせいで我を失ったかのように滅茶苦茶に走り始めるもんだから、こっちも毎回疲れて、そのうち連れていかなくなった。庭に放し飼いにしてたけど、散歩行けない鬱憤が溜まってたのか、ある日、門の下の狭い隙間をすり抜けて私道を弾丸のように全力で駆け抜けて、車道まで勢いよく飛び出したところでおばちゃんの原チャに轢かれてそのまま逝った。
あんたのことも思い出したよ。あんたもダメな犬だったね。でも大好きだったよ。
ひとつずつ、失ったピースを自分の身体に嵌め込んでいくような、そんな感覚。さっきは全部を粉みじんにしてから再度自分の周りに吸い着けていくみたいなこと思ってたけど、粉みじんにならない記憶は、思い出は、確かにあった。
いやな事ばかりと思っていたけれど、いい事も確かにあった。いつの間にか私は、私のこれまでの人生に安らぎと慈しみを感じ始めている。いやそれは言い過ぎか。綺麗にまとめすぎてしまうのは、私のクセだ。
……得がたいクセだ。
リングの正に中央辺りで、足を止めてしまっている大佐。結構なDEP衝撃を何発も食らったでしょ。まだ立ったまま構えの姿勢を解かずに、こちらを闘志を込めた目で見てきている、あんたもまた強いわ。
でもほぼほぼ全てを出し切った私はクリアでニュートラル。そして最後はこの技でシメると、そう決めてもいる。
<ああーっとお!! 凄まじいDEPラッシュを繰り出した水窪選手がぁッ!! 連打衝撃を喰らって立ち尽くしている島選手の方へと、ゆっくりと、余裕を見せた歩様で近づいていくぞッ!! ……これは決着の予感っ!! どうなる? どうなってしまうと言うんだぁぁぁぁぁっ!!>
実況ダイバルの例の如くの盛り過ぎアオリを肌で感じつつ、私はリング中央へと、大佐の元へと、一歩一歩を踏みしめるようにして歩み始める。
ワカ「いろいろな事があった……いろいろ哀しいことがあった!! でも私たちは生きているわ……そうこの、醜くも美しい世界で……」
ダイ<何かまた綺麗にシメようとしてるぅぅぅぅッ!! でも知ってる!! それが凄惨なるSATSURIKUへのプレリュードであることをッ!!>
ワカ「このリング上には『軽めの重力』が付されているそうで、バスター系の技は威力が半減するんじゃないの? そんな風に思っていた頃が私にもありました……」
ダイ<また何か呟き始めたァッ! 感情が抜け落ちた笑顔というものがこれほど恐怖を感じさせる代物だとは!! 初めて知ったし、知りたくなかったしィィィィィッ!!>
ダイバルの絶叫気味の実況の中、私はガタガタと震え出した大佐と、形ばかりに両腕で組み合う。