#160:三十路かっ(あるいは、溶けてしまうほどの/別格/相似形)
ほんの少しだけ、大佐の猛攻が止んだ。いくらVR内とは言え、実際に身体は動かしているわけだし、呼吸も勿論行わなければならないから。
冷静な表情を保ちつつも、規則的な呼吸を繰り返しつつも、その吸って吐いては流石に荒くなっている金髪美少女―島大佐は、頭部の一部と化しているかような大き目の軍帽の庇の下から、射るような視線をこちらに送ってきている。
しっかり鍛えてやがんな、こんな可愛い顔しながら。改めてその小柄な全身を見回すと、全身タイツ状のスーツに包まれた滑らかな肢体は、ただ若さで引き締まっているというだけではなく、その上に筋肉を這わすように無駄なく付けているだろうことがその見た目からでも分かる。
持って生まれた「バネ」感みたいなものも秀逸で、肘とか膝とか、体中の関節部を軽く曲げるだけでも、そこから強力なタメの力が拳やら何やらに忠実に乗っかってくるんだわ。受けても痛いっつーの。
対する私は、力が尽きてからは逆にアドレナリンが作用しているかのように、全身が熱を持っているけどどこも痛くなくて、無駄なく動けている感じがしている。自分でも未知の領域ではあるけれど、これは僥倖。しかしそれがいつブツ切れるかは予測はつかないもんで、内心はらはら状態で臨んではいる。
……短期決着を、狙うしかない。
もはやこの「レース」をゴールまで駆け抜けてケリをつけること、それは出来そうもないみたいだ。私らが立つこのリングにはどうやっているかは分からないけど軽めの「重力」が確かに働いていて、それがどこまで効果を及ぼしているのかがまず分からない。
真上には飛べるけど、横方向、つまりリング外に突き抜けること、それが出来るのか? 例え出来たとしても、その瞬間の無防備状態を指くわえて待っててくれるなんて思えないし。
やはり「勝者」はこのリング上で決めるしかないのだろうか。であれば肚をくくろう。そしてこの「奇襲」に賭けよう。
オーソドックスな構えに移行すると見せかけて、私は右手に握り込んだままの「アクセルボタン」に親指を這わせる。押し込む。手ごたえあり。
「……」
私の身体に、摩訶不思議な推進力のようなものが宿り始めたことを、頭じゃなくて脊髄辺りで感じる。いける。
次の瞬間、私は左ジャブを撃ちますよ的に肩をぴくりと動かすと、それにほんの少し反応してくれた大佐の顔面向けて、今度はこちらから飛び掛かっていく。加速……自分の力以上の外力が身体にかかっているような感覚。これはあれだ、決勝第二戦だかの「10人バトルロイヤル」時にあった「ダブル」「トリプル」とかと似た感じだ。いっけぇえええええっ!!
しかし、超加速の右膝を撃ち入れようとしていた私の思考は読まれていた。素早く右にバックステップを取っていた大佐は、勢い余って空中を滑る私の背後に、これまた超加速の勢いで回ると胸下辺りを思わぬ強さでハッグしてくる。やっぱ「アクセル」の存在は分かってたし忘れてもいなかったよね……はっきり浅はか。
それでも反省している場合じゃない。何とか体をひねって、あばらを手首の骨辺りを使って締め付けて来るホールドを振りほどこうともがく。