#159:前口上かっ(あるいは、ウオオオオン!俺はもう(以下略))
身体は何とかまだ動きそうだ。VRだからってこともあるかも知れないし、身に纏ったスーツが何らかの効果を与えてくれているのかも知れないけど。そこはもうどうでもいい。身体の思うがままに、暴れてやるっつーの。一瞬の静寂のあと、
カァンと宇宙空間にさえ鳴り響くのが溜王のゴングだ。ま、そうじゃなくっちゃあ、ね。
キャンバスを蹴り、即座に距離を詰めていた私と大佐は、お互いの得意技を繰り出し、身体が勝手に動くに任せてオープニングヒットを決めにいっている。
すなわち私は右のロー。大佐は左のショートフック。次の瞬間、上体を軽く左に倒して交わす私と、拳撃と共に右方向へとステップという器用なことをやっていた大佐の身体が、かなりのショートレンジで肉薄する。
大佐の何のひねりもなさそうな放り込む右ストレートが来たと思ったらそれはもちろんフェイクで、身体全体を鋭く回転させながらの左の裏拳が、コンマ2秒くらい遅れで私のこめかみを狙ってきていた。左のガードを上げてそれは受ける。
と同時に、勢いがついて私から見て左を向いてしまった大佐の背中に向けて、掟破りの右膝を充分な腰の回転をも以って撃ち込んでいく。背後、死角からの身体の軸狙い。これは避けられないし防げないでしょ。
しかして。
「……!!」
大佐の身体は何かに弾かれるようにして上空へと舞い上がる。ええー。
私の視界からも切れたその姿。思考の埒外ほどのあり得ない「跳躍」だったから、一瞬躊躇してしまった。そして馬鹿正直に顔全体でその行き先を追ってしまっていた。
「!!」
瞬間走るビィィィィンとした衝撃。顎の左辺りに、そんな電撃のようなショックを喰らって私は、たたらを踏みながら後方へと二三歩下がらされてしまう。
一瞬飛びかけた意識を何とか頭を小刻みに振って耐えた私だが、視界に再び舞い降りた大佐は、その勢いを殺さないまま、私の方へ向かって突進してくる。まずい。
「……!!」
クロスさせた両腕のガードが先んずる事が出来たのは、奇跡に近い。しかしその上からは、容赦ない大佐のラッシュが繰り出されてくるのであった……私らの拳は申し訳程度の薄いプロテクターに第二関節までが覆われているだけだったし、「アクセル」とか「DEP着手」するための「ボタン装置」を手の中に握り込んでいるから、一撃が硬く、重い。
グローブに包まれたものとは段違いの打撃衝撃。腕が折られそうな恐怖を感じてしまい、私は苦し紛れのローを放つものの、はっきり牽制でしかないことを見抜かれており、あっさりといなされてしまう。
それにしても「重力が軽い」ってことは計算外だったわ。もうその辺の感覚は麻痺しつつあったから、読めなかった。
窮地だ。小細工が効かなさそうな相手……何というか、要らんラスボス感盛り盛りな大佐なわけだけど、このままじゃジリ貧だ。
追い込まれた私は、握ったままだった「アクセルボタン」の存在に気付く。
まさかこれって……今この場も有効だったりしない?