#151:糠味噌かっ(あるいは、遠い国から来た最高執行責任者)
「たらふくスイーツとか、食べにいきてえ」
ややあって、弛緩して表情の抜けた私の口から漏れ出てきたのは、そんな他愛もなくしょうもない願望だった。それを聞いたかざみは一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐに、むふ、というあの頃の仕草そのままの含み笑いをすると、私の顔から視線を切って前方を見やる。
その上向いた細い顎から、何か水みたいなものが後方へと飛び去っていくのが見えるけど、私は構わず続ける。
「オールでカラオケとかしてえ。荒井→松任谷のシングルカットされてない曲だけで交互に回してぇ」
今だったらオールしても難しいけどねぇ、とそんな反応をしてくれたかざみが、かざみの空気感みたいなのがすごく心地よくて。私は夢見心地に近い、暖かな毛布にくるまれたような雰囲気の中、寝言のような世迷言をただ、紡ぎ連ねていく。
「……ベガスに長期滞在……豪華客船で世界一周……南の島でハーレム生活……」
テンプレ&貧困にも程がある私の願望に、はいはい、と軽く笑って受け流してくれたかざみだったけど、語尾に小さく「……ミウと一緒に」という言葉を挟んでいたら、徐々にその笑顔は崩れてきていた。
「……」
「……」
後はもう言葉にならなかった。組み合っていた体勢は自然にほどけていて、お互いの身体を、ヘッドギア同士が擦れて放つギキュシュというようないやな音も意に介さず、思い切り抱き締めるだけだった。
「……優勝してくる。ミウはちょっと待ってて」
12歳からの、ガチガチの虚構で固めた私の像は消え去っていた。いやんなるくらいの希望に満ち溢れた、周りからしたらちょっとうざいくらいのポジティブな少女が、代わりに私の奥底に降臨していた。
これもまた、あり得た「未来」。可能性の「未来」。
こんな風に、ほんの少しの、たったひとつの物事の起こりようで、気持ちの持ちようで、世界は、未来は変わるのだとしたら。
過去や今に必要以上にこだわるのは無駄だ。いや、無駄って言っちゃうとアレだけど、まあ本当に「こだわり」レベルで咀嚼しておくのが吉だ。
人生におけるでかい選択を迫られた時でも、日々何着ていく? 何食べる? みたいなよしなしごとのように軽やかに、気ままに、選び取っていくことが出来たのなら。
それは、それこそが自分の人生なんじゃないだろうか。自然な自分のニュートラルな人生。
もちろんそんな奴が社会でどう扱われるかは薄々は分かるし、うっすら経験もあるので容易じゃないことも知ってる。けど、それに縛られているだけでは、人生は、自分の人生は始まらない。
達観は、悟りレベルで私の中枢を走っているけれど、かざみの体温が私を現世に繋ぎ留めてくれているような気がして、いい感じのアッパー具合だ。
なら行っといでー、と、そのかざみはぐしゃぐしゃになった顔のまま、殊更に軽い言葉をぽんと投げつけてくると、私の腰の辺りを両手で掴んで「アクセル」をベタ押ししたようだ。一気に加速がかかり、私らの身体は前へ前へと、撃ち出されていく。
「……!!」
凄まじい速度の中で、私とかざみは顔を合わせてわざとらしいニヤリ顔を突き合わせると、次の瞬間、かざみは思い切り私の身体を前方へと押し出してくれていた。
「!!」
弾丸となって空を駆ける。目指すはゴール。目指すは最後の対局者。
……島大佐だ。