#148:土壇場かっ(あるいは、オーバーレイド/雪月花/哀切)
―じゃあ、この『ヘイゼルタウン』のお花屋さんの子があたし。ワカちゃんは?
―私は本屋さん。
……何てことないB5の大学ノートの中に、夢の世界が広がっていた。鉛筆で何度も描いては消し、消しては描いてで、紙がけば立ってしまったところにも、まだ描き直して、直して、こと細かに二人で描き紡いで、作り上げていった「街」が。
ほとんどが白黒のままだったけれど、私たちの目には色鮮やかに映っていた、そんな世界。
「……!!」
眼下の街並みを見やり、記憶のピースが嵌まるのを感じた瞬間、息を呑み込んだまま、呼吸も出来ずに私は固まってしまう。
これも……過去。私の切り捨ててきた、切り捨てられてきた過去。
なぜ。なぜここまで私の深奥をえぐる。
夢と希望に満ちたその「街」の光景を俯瞰しながら、一緒にそれを作り上げたもうひとりの作者、身体を寄せてきたままの塗魚……いや、「ミウ」という名前の少女の像が私の網膜にうっすら掛かって来る。
―せっかくだからそれっぽい名前つけよーよ。あたしは『歌咲美』を『ウタ・ショウ・ミ』って無理やり読んでばらして『ミウ』。輝く銀髪の『ミウ=ショウター』よ。
ぽってり瞼のぽっちゃり顔。柔和な顔はいつも笑っていて、話しているとすっごい和む。私の小学校時代の大親友、かざみ。
白濁ゲロ撒き散らし女、「エプ子」としてずっと汚物扱いされていた私に、唯一普通に接してくれた、いや、友達でいてくれた、かざみ。
……何で忘れてたんだよ。何で、顔かたちが変わっただけで分からねんだよ。
カースト底辺の二人が、教室の隅っこで描いた自分たちだけの世界。何度晒されて嗤われて、ぐちゃぐちゃに破かれても、その度に描き直し、より思いを込めて描き起こし、築き上げた、ふたりだけの楽園。
忘れようとしていた。だって、その当のかざみに、ひどいことしちゃって嫌われちゃったから。
中学受験の、ヒーターがガンガンに利かせられた、あの試験会場の教室を思い出す。体調最悪だった私は、それでも無理を押して入試に臨んだ。高熱によるものなのか、室内の熱気によるものかはわからないけど、朦朧とした頭で私は一文字も書けないまま、気を失い、そして粗相をかました。
同じ部屋だった受験生たちは後日、再試を受けることも可能だったとか、後から聞いたけど、同じ中学、私立に行けたらいいね、知り合いがいない所でやり直せたらいいね、と言っていたことはそこで瓦解した。
結局地元の中学に二人とも通うようになったんだけど、クラスが違ったのもあって、それきり疎遠になってしまった。たまにすれ違っても顔逸らされてたから、絶交されたんだって思ってた。
そのかざみと、何で今、こんな場で再会してんの。あり得ない。あり得ないって。それに姿かたち変わり過ぎだろ。何で。何でこんなことが……私は仮想現実の世界の中で、仮想よりもあり得ない現実と対峙して慄き、思考は迷走するばかりなのであって。