#147:天王山かっ(あるいは、レツゴー/ヒャウィゴー/活殺フォンテラ)
空中を、左の眼輪筋をぴくぴくとさせながら滑空する私と、その身体に密着して動きをとらまえている塗魚と。
主導権は完全に相手に取られた上で、おまけのスマッシュヒットを左顔面に食らっている私は、相当追い込まれているんじゃあないだろうか。目が、目の辺りがまだじんじんする。
反時計回りに回転し続けている二人の身体は、密着した状態だからだろうか、さして軸もブレずに上へ上へと。ビルの高さをも越えて、青空一面の視界まで上昇していく。ようやく白目状態から視野が回復してきた私は、相も変わらず真剣そうな顔つきでこっちを至近距離で見て来る塗魚に気付いて、何なの一体ィィィといった感じになる。スーキーちゃうんかいィィ。
「ミズクボは……」
と、そんなお門違い怒りをいなす感じで、塗魚の小作りな唇は動くと、そう言葉を紡ぎ始める。さっきまでの軽薄さとか、上から小馬鹿にしてくるマウントゲッター感とかは鳴りを潜めて、自然な感じだ。表情も、力が抜けた真顔。何だろう、ほんとに。詳細はわからないけれど、何か、またしても途轍もないほどに嫌な予感しかしないのだけれど。と、
「……いや、ソォニャは……」
え。
塗魚が言い直したその固有名詞に、全・毛穴が浮き上がり逆立つ感覚が全身を貫いた。
なぜ、その名前を。黒歴史にもほどがある、その名前を。額の生え際あたりに、滲む嫌な汗の雫を感じるものの、私の顔面は動きを止めたままでいる。
オーバーヒートしそうになる脳を無理から回転させながら記憶の泥沼を掻き毟るようにしてさらうものの、該当しそうな人物はどうやっても一人しかいなかった。そんなわやくちゃの状態を追いうちするかのように、目の前の塗魚は、いや塗魚というか、私の記憶の中の、該当者であろうその人物は、こっちの目を覗き込むようにして問うてくるわけで。
「……あたしのこと、覚えてる?」
声も作ってたのか。顔も、いや体型とかも全然違うけど。年も、大分サバ読んでたわけだ。いや、私が勝手に大分年下と、その外見から判断してただけか。
「覚えてる」かだって? 忘れようとずっと押し込んでたよ。でも今回の諸々で、心のあっちこっちの引き出しを開けたり開けられたりしてて、自然とその辺に転がってたから、うっかり踏んづけるようにして、思い出しちゃってたよ。
「ミウなの……?」
声が掠れてしまった。だって、だって。
なんだってんだよ、センコも、こいつも、全ては仕組まれたことだったって言うの? 何の……何のためによ。ハツマ……あいつの差し金か? ものすごい勢いで回る脳内の歯車的なものは火花を出さんばかりだけれど、いまいちどう応対していいかが分からないままでの真顔の私がいる。