#146:追体験かっ(あるいは、大丈夫マイアイズ?/スタンバれフォーリィセカンヅ)
空中での対峙。現実感からは一歩引いたような光景ではあったけど、今の私には諸々全部、すすり飲み込める素地は出来上がっちゃってるわけで。
どこまでも広がる青空。それは透明感を持ったアクアブルーが地平線から上空へと沸き立っているように見える。ちょっと普通じゃあ体感できないような開放感を、いま私は全身で浴びるように味わっている。
もっとも、戦いは……レースは無慈悲にも続いているわけで、そこだけに意識を奪われている場合じゃあないけど。私はふいと左方向に目線を走らせる。
結構な速度で横ななめ上方へと疾駆する私と塗魚。平行を保っていた両者の軌道が、互いの意思によって、ほんの少しづつ、交わるベクトルへと移行していくのを、何となく感覚で察知した。
「!!」
「交点」で繰り出される右フックと右アッパーを、お互い紙一重で交わすと、その振り抜きによって生じた勢いで体を入れ替えながら、後方のビルの壁に後ろも確認しないで「着地」すると、充分に溜めを作ってから、再び「横ななめ上方」に向かって弾丸のように跳躍していく。
超速バトルの体を見せてきたこの「場」で、流れる景色に何故かノスタルジックめいたものを感じている私がいる。何だろう、何でだろう。
「……!!」
再び交わる一点で、私は今度は敢えて拳や蹴りを出さずに、肩の力を抜いて「受け」の体勢で肉薄していく。カウンター狙い……だったが、やっぱそのくらいは読んでくるよね。塗魚の華奢な体は空中でぐいと腰を引くと、両腕をふわりと突き出してきた。両者「待ち」……ぐんぐん近づいて来る相手の身体に、しかし何気なく眼前に出された両手が気になって行動が遅れてしまう。ありそうで隙が無い。と、
「!!」
紙一重ですれ違うかのように思われた瞬間、塗魚は私のプロテクター(若草色)の首元をいきなり伸ばした右手でがっちりと掴む。そっちか! 慌てて私もその右肘辺りを左手で掴むものの、自分が伸ばしかけた右腕は、手首部分を塗魚の左手で抑え込まれ、外側に追いやられてその身体には届かない。こいつは……組み技系かっ。
お互いが衝突するかのように組み合った二人の身体は、その勢いを殺しきれずに回転しつつ上昇していく。その文字通り目が廻る速度の中でも、塗魚は落ち着いて自分の腰の右側を、私の腰の左側にぴったりつけてくるわけで。差し手争いは完璧に相手に軍配。つーか、「空中での投げ技」。そんなの見たことも体感したことも無いんだけど!
右手も手首が完全に握られちゃってるから振りほどけないし、プロテクターの襟元は柔道着のように掴みやすい構造になってるわで、こちらも体を揺さぶったくらいじゃあ切ることは出来ない。何より懐に入り込まれちゃっているわけで、肘を畳まれて密着されると、もう逃れることは出来そうになかった。
窮地……ッ!! いまにも強烈な投げを喰らいそうな緊迫の中、だけどあれ? 塗魚の身体はそこで止まっている。間近に迫ったその小悪魔チックな小顔に焦点を合わせると、さっきまでの不遜な顔つきから、何か思いつめた感じへと変化していた。なに?
……まさか貴女も私の唇を……ッ!? と先ほどのハツマとの主従も忘れた私のオーバーヒートした脳が勝手に裁定を下し、自認できるほどにかさついたそれを尖らせて塗魚に迫っていくものの、そうじゃあ無かったみたいで、む、とした表情の後で、鋭いヘッドバットを左顔面に食らった。目がぁーッ、目がぁーッ!!