#145:地動説かっ(あるいは、花は散れども/結実バンクシー)
重力が少しでもあると、また、「空間」の認識みたいなものが変わってくるわ。眼下に自分の見慣れた建造物とかが立ち並んでいたりすると、なおさら。
割とそんな余裕かましたメンタルで、私の身体は回転しつつ上昇している。近づく塗魚の姿。こいつとの決着は……
「!!」
「格闘」でつけることとした。相手の下方、膝下くらいの位置に達した瞬間、私は時計回りの勢いを足して、左拳を上空目掛けて突き出していく。
その挨拶代わりの左のボディブローを軽く上体を曲げて交わすと、その銀髪蚊取りボブ少女は、了解、みたいな笑みを深くして、こちらも牽制気味の右トーを私の顔面向けて放ってきた。
「……」
空中で前転するように体を縮こませつつ、くるくると回って塗魚と少し距離を取る私。低重力バトルは、通常の縦横もそうだけど、「高さ軸」も重要なファクターだ。
と、そんな「格闘」サイドへと私の思考はシフトしていきつつあるわけだけど、塗魚の後方……ゴールへと続くコースの先の方には、もうひとりの対局者、島大佐の赤いプロテクターを付けた背中があって、それが緩やかな上下動を繰り返しながら、どんどん小さくなっていっているのが見えるわけで、塗魚とのサシだけに注力しているわけにもいかない状況だ。
大佐を追いつつ、塗魚も沈める。
はっきり難度は高いのは承知の上。でも先ほどまでは動かすのも億劫だった体も、奇妙な熱を持って、無駄な力は抜けて痛みも無く動いてくれている。
やれるところまでやるし、やれなくなったとしても、そこはそこでやり抜く。そう決めた。
前宙を決めた私の眼下には、10階建てくらいのシックな黒と黄土色を基調としたマンション。どこなんだろうここは。どこを模しているのだろう? いや、現存する所では、きっと無いんだろう。
ありそうで多分ないだろ、みたいな、小学生が無茶苦茶やって作ったジオラマのような街の風景。でもそれは何故だか説明不能の生命力みたいなパワーに満ち満ちているように感じられて。
きっとこれはハツマが描いた夢の街。海へと注ぐ結構な幅の河沿いには、ケーキ屋とか、ブティックっぽい店や、本屋、おもちゃ屋、魚屋、八百屋……様々な「○○屋さん」が立ち並んでいるのが見える。街の大部分を占める巨大な公園は、テーマパークのように観覧車やジェットコースターもあって、人が、あるいはネコやパンダの着ぐるみみたいな「住人」たちが沢山楽しげにしている。
見ていて飽きなかったけど、ハツマの原風景を楽しむのはそれくらいにしといた。マンションの壁に両足をきっちり付けて膝を折り曲げると、大佐の向かっている先……「進行方向」へと、勢いをつけて蹴り飛んでいく。背泳ぎのスタートのように。
「……」
相対する塗魚も、私の意思を見越したのか、同じく建物の屋上を蹴って、そちらの方向へ向けて、でかい跳躍をかましている。
現実感がうっすら無い、「飛ぶ夢」を見ている時のような感覚。でも、
現実からちょっと剥離したようなこの世界で、私は自然に笑顔になってしまっていくのを、抑え切れずにいる。これも、……魂の浄化なのだろうか。わかんないし、わかんなくてもいいのだろうけど。