#144:立往生かっ(あるいは、パイロ/漂流/ウィンガー)
決意を固めた、いいキメ顔をした瞬間、いきなり私の身体が「重さ」を持ち始めた。ずるりと空間を滑るように、私は落下を始めている。それと共に並んでいた塗魚の姿が上方へと消えていく。ええー、何よこれぇ。
<言い忘れてたがッ!! 第2ステージからは、身体に重力がかかるってこと、忘れんなよッ!!>
忘れてたくせに忘れんなと言い募る、お前のメンタルが呆れを通り越して、もう怖いわ。そんな実況ダイバルはのっけからのハイテンションはそのままだけど、言う事はもう私といい勝負のしっちゃかめっちゃかさになってきている。
ほんと……この場の諸々がいかんともしがたくなってきちゃってるわ。これ流石に観客は困惑あるいは憤怒するんじゃない? みたく、またしても私が気にすることではなさそうな事を考えてしまうけど。
<水窪落ち着け。『重力』とは言っても、地球の地表付近のそれよりはだいぶ弱い。所々の『脚場』を生かして速度を維持。それがカギだ>
ヘッドセットを通して聞こえてくる、落ち着き払ったセコンド:カワミナミ君の声の後ろからは、怒号のような歓声も漏れ聞こえてくる。いやいや、私の想像とは真逆に、「外」はかなり盛り上がっちゃってるみたいね。何にそんなに熱狂できるのかは、当事者たる私には残念ながら分からないんだけれど。
そんなことよりも「弱い重力下」。先ほどまでの「無重力下」とはかなり勝手が違う。ふんわりとした挙動で、私の身体は下方へと落下していっているんだけど、「アクセル」踏み込めば上昇するのかな? と考え、右手の赤ボタンを軽めに押し込んでみる。
「!!」
思った以上だった。まるでロケットベルトで飛翔しているかのように(体験したことはないけど)、私の身体は次の瞬間、真上に向かって高々と放り上げられている。これ制御すんの難しいわー。
対する島大佐と塗魚の方はと見やると、小刻みにアクセルを踏みつつ、高めのビルの屋上へとふわり降り立ちながら、その「脚場」を蹴りつけて前方への推進力にしている。なるほど。カワミナミ君の助言通り、速度出すにはそれがいちばんってことね。
私も他の二人に倣って、アクセルちょい押しや、身体をこれでもかと捻りくねらせつつ、落下地点の調整を図る。迫る、とあるビルの屋上の灰色の床面。なんか少し、デジャビュ感。
屋上からの飛翔。それがこの諸々のはじまりだったことを思い出していた。今なら鼻で笑って、頭の片隅に追いやっちゃえるけど。
そしてその忌まわしい記憶を振り払うかのように、殊更に強力な蹴りを、その「脚場」に向かって撃ち込んでやる。この足技は、この2週間でカワミナミ君に叩き込まれ、磨き上げられたものだ。それもデジャビュ。でもこれはいいデジャビュ。
「……!!」
床面を蹴った瞬間、その勢いを殺さないように、自然に私はゆるやかに全身回転をかけていた。そのまま、斜め45°のいい角度で、私の身体は正に宙を舞う。
前を行く、塗魚の背中に追いついてきた。気配を感じたのか、振り向く塗魚。その顔には、いまだ作られたとおぼしき上っ面の笑みが貼り付いたままだけれど。
……どう来る? どう行く?