#139:匙加減かっ(あるいは、さんざめく/聡明/ブートレグ)
<まさかの両成敗ぃぃぃぃぃぃっ!? わからないっ!! 場は混沌としてきてやがるぜぇぁっ!!>
実況が困惑気味に申す事ももっともで、私はハツマに抱きつかれたまま、えび反り一歩手前の強力電流を臀部から脊椎方向へと喰らうと、果てた。
いや、果ててる場合じゃない。目の前で同じく白目を剥いている美麗女子が、私の首に回している華奢な両腕をやんわりと外そうと試みる。
が。
「……若草お姉さまは……私のようなダメ女はお嫌いですか……?」
テンプレ気味の陳腐な台詞であることは大脳では重々承知しているものの、その物言い、表情、そして得も言われぬいい香りやらが、私の根源的な中枢辺りを揺さぶってくる。こいつ……やばい。いつか「差し入れ」を届けてくれた「ムロト」とかいう少年とかだったら、一撃で陥落してしまいそうな破壊力だ。
はっきりじんわり、私は追い込まれている気がしてきた。ハツマはこのまま魅了のデスロック状態で、私を抱いて堕ちるつもりなのか? 確実なる相討ち、そして手下の大佐なり塗魚なりがゴールしてしまえば、大まかにくくった「元老」側の勝利となる……私にマネーは入らない……
チャリチャリーン、という清浄なる響きが、私の中枢全域に響き渡った。
負ける……わけにはいかないんだよ、この私はぁぁぁぁぁっ!!
時速60kmの速度のまま、私とハツマの身体は前方へとカッ飛んでいるわけだけれど、時折進路を妨げてくる「惑星」の像は、巧みにすり抜けていってる。微妙かつ絶妙な角度を、このハツマが調整しているんだ。潤んだ目で私の瞳をロックオンしながら。
知り尽くしている。こいつはこの「コース」を熟知している。目ぇ瞑ってても体が覚えているかのように、そして体が勝手に避けてしまうほどに。
そこに隙は無いか? 無意識の、隙は。
「……あなたのような人が来てくれて、本当に良かった」
今度は達観したかのような、凛と芯のある伸びやかな声。ハツマの表情とか声の印象とかは、何か、ころころ変わっていくように私には感じられた。「多重人格」……とはいかないまでも、ゆるやかに、微小に変化を続けているような……
小さく息を呑んだ。こいつも「世代人格」の……持ち主なのかも。
そうなのかも知れないし、そうじゃないのかも知れなかったけど。そこはもういいか。こいつもこいつで、こうして生きているんだ。
ようやく電流ショックから立ち直ってきた顔筋で、にやりとした表情を作ってみる。目と目が合った。通じたような気もした。まあそれはそれでどうでもいい。
こいつの他の人間を「魅了」しまくる所作……それは、ほぼほぼ「能力」かもね、どんなことを経験してきたらそんなのが培われるっていうのかは計り知れないけど。
けど私も伊達に修羅場はくぐってないのよ、お嬢ちゃん。「魅了」の反対は「恐怖」……滅裂思考がようやくお目覚してきたわ。顔筋の巧みなる働きが、私の顔から人間らしさを構成する表情を奪い去っていく。そして、
感動で締めくくる事、それは罷りならんッ!! と、全私が声を合わせた。
……ハチャハチャが押し寄せてくる気配。やってやる。