#131:有頂天かっ(あるいは、パーフェクト組み込み/アトルプランジャー)
「……結局は、あんたが防衛する、ってことが筋書き通りってわけなのかしら」
聞くまでもないことかもだったけれど、私は眼前で柔らかな笑みを浮かべている実況……いや「主催者」であり、「タイトル保持者」とのたまった、ハツマに向けてそう言葉を放っていた。
場の狂騒は凄まじいことになってきていたけど。総立ちか? くらいにほぼほぼおっさんの群れが観客席でうねっている。流石のカリスマ。でも本当に、これ筋書き通りだったのかしら。私の問いは、周囲のぐわぐわした音の奔流に翻弄されながらも、3mくらい先のハツマには届いたようだ。
「……うふふふふ。さあそれはまだ分かりませんわ。私がこの戦いに引き出されている時点で、最初にプロットしていたシナリオからは、だいぶかけ離れていっている、ということは言えるかもですけど」
柔らかそうな肩までの茶色い髪を揺らし、ハツマはどこか高揚したかのような表情を、その愛らしい、と表現するといちばんしっくりくる小顔に浮かべている。
余裕か。余裕の体なのか。実況に徹していた時とは段違いの……何というか器のデカさ、底の見えなさ、みたいなのを対峙していてびんびん感じる。これは……人の上に立つべくして立つ者の……メンタルだ。
「……」
それでも何とか「ファーストコンタクト」にて一矢報いようと「奈落谷」の顔で見やるけれども、それもくすりと軽く笑っていなされた。やはり今までの奴とは違う。
<……ルール説明をっ!! 始めるぜぇぁっ!!>
と、場に満ち満ちて来た不穏の空気を吹き飛ばすかのように、「新」実況、ダイバルが声を張り上げてくる。目に来る蛍光色の電飾で全身を彩りながら、舞台中央で高らかにマイクを持ってない方の右手を高々と上げると、それが合図だったのか、黒服たちが私ら対局者の周りに二人づつ寄ってきた。
<仮想空間での、超速、ドッグファイトバトル!! ひと言で言やぁ、そうなるぜ!! いま流行りの『VR』エンド『eスポーツ』っっ!! どうだぁ? 昂ってきただろうがてめえらぁぁぁぁぁぁぁっ!!>
これでもかの煽り方で、そう迫ってくる実況だけれども。昂るも何も、いや、皆目その形式の想像がつかないんですが……真顔の私を置き去って場のボルテージは最高潮。汚いおっさんらの裏声のような悲鳴も聞こえてくるようになった。このダイバルの人心掌握術みたいなんも凄いな。
<仮想の『42.195km』をいちばん早く飛びきった者が優勝者となる……シンプルかつ激アツなバトルだぜぇぁっ!! みんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! そいつを見届けるぅぅぅぅぅぅっ、覚悟は出来たかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!>
煽る煽る。失禁オア脱糞くらいしてんじゃないのレベルの観衆のハイテンションをぽんと超えたような絶叫めいた声が、私の鼓膜をズボズボ刺激してくるけど。
にしても「42.195km」? フルやん。そしてそれを「飛びきる」って何なん。
薄々どういうものかは想像がついてきた私だけれど、嫌な予感しかしないので、正確に聞くまではそれを現実として認めないもんね、と先ほどまでの気合いはどこへやら、完全受け身の姿勢で固まってしまってるわけで。
いや駄目だダメだ。
私はともすれば気圧されそうになってしまう気持ちを、大きく息を吸い込んで内側から物理的に膨らむことによって、何とか奮い立たせようと頑張ってみたりしている。