#124:泥濘かっ(あるいは、完成!改良型/完璧/超人ブレークアッパー)
ぷぴりっとぱろ……みたいな呻き声を発しながら、膝を押さえてうずくまる志木さんの姿を見つつ、私は椅子からおもむろに立ち上がりますの。
勝ち名乗りを、受けるために。この「女流謳将戦」の勝者たる者としての、栄光を告げられるがために。
しかし、
<え。えーと、ただいま判定が出ました……『三人トバし』をしたものの、やはり唐突にここで全てが終わってしまうっていうのはですね……運営的にも厳しいものがありまして……て、ててて提案なのですが……>
いまだ卓上で可愛らしい妖精のような像のままでいる、実況であり、主催者であるところのハツマさんが、そんな、恐縮しきった体で切り出しますのですけれど。
「……」
あ? みたいな威嚇的意味合いも込めて、「わたくし版・奈落谷」の表情で、その像へとズームで迫っていくのですわ。
<ふぎぃぃぃこわいぃぃぃぃぃぃっ!! 笑顔がっ、いい笑顔から何かが欠落することで更なる不気味の側道を掘り進んでいっているよこわいよぉぉぉぉぉっ!!>
耐えきれず、へたりと座り込んで泣きじゃくり始めるハツマさんですけれど、「提案」? 念のため一応、聞いてみてもよろしいかもですのよ?
<あ……あう……み、水窪選手には、今の対局の勝利報酬として『2億』を進呈いたしますお……ただ、本局では最も点数の低かった志木選手のみが脱落となり、残る二人は持ち点『1000万』として、『次戦』につなげるという措置を……取りたいのでございますお……>
恐縮のあまり、言葉が若干変になっているハツマさんですけれど、「2億」。それははっきり破格ですのよ。
その提案について、わたくしの内面の方々に、決を取ってみますの。
……全私が、GOサインを出してきましたのよ。いい笑顔の、意味不明のウインク&親指立てたポーズで。
であれば、乗るしかないのですわ。
わたくしの承諾を受け、ハツマさんの涙でぐしゃぐしゃになっていた可愛らしいお顔が一瞬で輝くのですわ。やっぱりこの御方の所作はいちいちわたくし達の琴線を震わせますのよ。
しかして。
「ふ、ざけるなよぉぉぉぉぉっ!! 無効だッ!! 無効だっつってんだろぉぉぉがぁぁぁぁっ!! こいつこそ脱落なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ただ一人、その裁定に異議を申し立ててきたのは、他ならぬ志木さんであったのですけれども。赤黒い顔で、そしてそのまま、わたくしに再度掴みかかって来ますのですけれど。
正当防衛にかこつけて、邪魔者は葬り去るに限るのですわ。わたくしは座ったままの姿勢でしたけれど、充分に体を捻って溜めていたねじれを開放すると同時に、両腕を前に伸ばした無防備な姿勢の志木さんのみぞおちに、渾身のボディーブローを撃ち込みますの。ぐうう、との呻きを残し、前のめる志木さん。
その体を抱き留めると同時に、わたくしは自分の頭を志木さんの肩下にくぐらせますの。
ワカ「貴女とは……こんな場所で出会いさえしなければ、きっといいお酒が飲めたかと、そんな風に思ったりもするのですわ……」
ハツ<あっるぇ~!? この俯瞰具合い、この流れ、経験あるぅぅぅぅっ!! セイナが体感してたことが、まるで自分の身に起きたかのように……そして嫌な予感しかしなぁぁぁぁぁいッ!!>
実況さんの驚愕を尻目に、わたくしはキャスター付ひじかけ椅子に腰かけた姿勢のまま、力を失った志木さんの身体を、重量上げが如く、自分の頭上に逆さまに担ぎ上げていくのですわ。