#107:潮騒かっ(あるいは、死期折々の/コア雷同)
<次戦……アタイが掴んだその筋からの情報によると、その試合形式は伝統の『アレ』になるという……>
もったいぶった感もりもりで、小さな画面の中の大きな顔面がそうのたまうのだけれど。「伝統」とかあるのか、このわやくちゃな諸々に。
「で、伝統とは……まさかあの伝統の……」
私の背後辺りで、丸男がそんなわざとらしい合いの手を入れるけど、要らんことしゃべったらまたチョキよ? と私は左手できつねさんを形作ると、丸男の眼前でひらひらさせて威嚇する。
<そうよぉぉん、伝統の『DEP戯王』が!! 遂にこの女流謳将戦でも、取り行われることになるんぞなぁぁぁもしぃぃぃぃぃっ>
……ジョリさんも口調というか語尾が定まらなくなってきたな。というか、またけったいな名称が出て来たぞ。でも、
<まあアタイはどんな形式だろうとワカクサぁん、あんたはもう何も意に介することないし、既に介してないでしょぉん、ってことだけよぉん>
ついでにその表情も定まらなくなってきたの? 画面の中のジョリさんは、いつもの顔面筋をこれでもかと動かすこともなく、何か、自然な微笑を浮かべていた。そのハエトリグサ状のつけまの下からは、初めて直視したけど、柔らかげな目の光があったわけで。
いや、でも……まあ、そういうことよ。
「2億……ツカム……2億……ツカム……」
板についてきた(ついてどうする)私の「深奥」の表情の方が、ジョリさんにのけぞりの驚愕を与えるけど。
もう細けぇことは考えんのやめだ。私の命運を握る脊髄さんが輝けと囁いてくるなら、思い切り輝き生きるまでだし、死ねと命じてきたら……
「……」
……それに抗うまでよ。肺の奥の奥まで、鼻から吸った空気を満たしてみる。胸の奥にいつも居座っていた、チリチリするような痛みはもう感じない。疲れからくる体の重みも、あったかいものお腹に入れたからか、少し緩和してきたみたい。
ベッドから立ち上がり、スマホに向かって、力抜けた感じで軽く頷いてみる。ジョリさんはわざとらしい珍妙な渾身の笑顔でズームインしてきて、画面が暗くなったところで通信は途切れた。
「……」
カワミナミ君にスマホを手渡しついでに頷き、本当についでに、所在なく立ち尽くしていたアオナギと丸男にも頷いてみる。
丸男はまたガタガタ震えてみせたけど、まあそれ、何だかもう演技くさく見えるわ。一方のアオナギは、表情こそ悪ぶったニヤリ顔だけど、何かの折りに見せる自然体の目つきをしている。
意識して、背筋を伸ばして、力を抜いて、脳天から吊り下げられているかのように、直立してみる。プラスでもマイナスでも無い、ポジティブでもネガティブでも無い、そんなニュートラルな感情が私の中を満たしていっている。
穏やかな水面の上を、優しく風が吹き撫でていくかのように。