#106:掘削かっ(あるいは、不気味谷のWAKAKUSA)
「……まあ何というか、勝ち抜いたな」
医務室のベッド上で仰臥していた私にかけられたのは、そんなカワミナミ君の何とも言えない感想らしきものだった。白い天井に視点がロックしていて、そちらの方を向くことも出来ないけど。
黒い全身タイツスーツの上に若草色のプロテクターを纏ったまま、ぎくしゃくとした黎明期のロボのような、ままならない歩様でここまではたどり着けたものの、またもベッドに倒れ込んでからは、体を動かそうとする気力が湧かない。
「……」
さらに自然に白目剥きーの、下唇突き出されーのな、乙女にあるまじき顔貌へと移行してしまうのを全・顔筋を総動員して回避しようとしているものの、うまく出来ているかは自信が無い。
「ねえぇさん!! まったくあなたさんと来たら、いつもながらの惚れ惚れする限りの戦いっぷりでやんしたぞよ?」
「あのウェイト差を埋めるたぁ、さすが持ってるお人は違う。ベスト4、だが、これは単なる通過点に過ぎない。目指すは頂点。このまま突っ走ろうじゃあねえか、姐さん」
私の体がままならない事を見越し確認したからか? 丸男とアオナギがいつもより増したうっとおしさで、そんな耳障りな音声を発しながら、ベッド脇に歩み寄ってくる気配を感じるけど。
「……コー○―シーノーライセンスー、コー○―シーノーライセンス」
先の対局でラーニングした、「不気味の谷のディーペスト=ディガールティック=スマイル(技名)」を発動させ、根源の恐怖感を以て、のけぞらせ黙らせる。
「……とにかく体を休ませることが先決だ。次の対局形式は杳としてわからんが、途中でぶっ倒れるとかだけが不安要素だからな」
言いつつカワミナミ君はベッドに腰かけると、私の背中を支え起こし、手に持った湯気の立つマグカップを、私の口許まで運んでくれる。結構強そうなジンジャーの香り。だけどその底には甘い芳醇なにおいも混ざり調和している。
ハニー&ジンジャー。定番だが、これほど疲れが和らぐ代物もそうは無いわけで。私は麗人が保持してくれているカップに震える唇を近づけ、その温かく甘くぴり辛い液体を、少しづつ疲弊した体へと送り込んでいく。人心地つきましたわ。
「……残った相手って……どんなやつらなの……」
ようやく出るようになったけど、か細いレベル止まりの私の質問を汲んで、カワミナミ君が自らのスマホを、並んで腰かける体勢の私の眼前に持ってくる。
あ。身構えてなきゃいけなかったんだけど、それ失念してたわ。
<ぅぅぅぅワカクサぁぁぁぁぁんっ!! お見事よぉぉぉん、お見事対局よぉぉぉぉん!!>
アステカの民のけば立つ顔面が画面を覆うと共に、がなる指向性の極めて強い音波が、またしても私の顔の表面をスコールのように叩き始めた。