#105:断崖かっ(あるいは、モデれ!糸沢明日斗)
沸き起こる大歓声に、ふいと私はこの現世に戻ってきたような、そんな感覚に浸っている。
センコとの「世界」に、ちょいとばかり転移していたようだ。「異世界」いや、「置いてきた世界」、かな。どちらが「現世」だったのか、それはわからないけれど。でも。
私と、センコの、諸々の決着はついたようだった。めまぐるしく変化推移した私の内面の奥底だったけれど、今はその混沌の渦を少し遠くの高みから見下ろしているような気分になっている。
押すと痛みはあるけど、ふつうにしてる分にはその存在も、あるね、くらいの立ち位置まで、自分を持ってくることができたみたい。よしよし。「選別」に立ち向かう、素地くらいは出来たって感じか。私は凝り固まっていた首を、横に倒して、こきりと鳴らす。
そしてこの対局での勝敗もついた。肩で息をしながらも、私は電光掲示板のカネの多寡だけで、それを確認する。
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一:シマ :赤:20200
四:トザカナ :黒:16000
六:シギ :紫: 4000
七:ミズクボ :緑:10100
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センコを沈めた「一億」が、きっちり私に「入金」されていたわけで。ていうかそれ除いたら残り「100万」まで追い込まれてたのね……まさにギリギリの勝負だった。いや、勝負だったのか? 禊? 浄化? まあそれはもういいか。
残りは4名。ここまで来たら、もうベタ踏みでいくしかない。とっておきの至近ニーラッシュは使ってしまったけど、技の引き出しはまだある、はず。
私は少し遠巻きに見ていた三人の方へ顔を向けると、耳穴からエンドルフィンが噴きこぼれてそうな、いい感じの笑みを表情筋一本一本を精細に動かしながら、形作ってみせる。
「コー〇シーノ、ハージメーノ、ダーメーシートテー」
そんな新しい始まりを告げるような清々しいメロディが、私のアルカイックに固定された唇を震わせながら、場に朗々と流れ出ていった。のけぞる面々。
<へぎぃぃぃこわいぃぃぃぃぃぃっ!! 不気味の谷のさらに深奥を掘り進んでいるよこわいよぉぉぉぉぉっ!!>
そして遂に怯えて泣きじゃくり始めた実況ハツマの残響を耳で捉えながらも。
「……」
私の体は、もう残り少なくなっていた、五角形と三角形いくつかで形作られた脚場を蹴って、前へ進んでいる。前……大佐、シギ、塗魚が横並びになっている場所目指して。
しかし。
「!!」
いきなり体に感じた「拘束感」に、私はつんのめるようにして、その場に停止してしまう。これはあれだ。試合開始時の拘束セメント状態だ。でも私まだ「残り時間」あったよね? 何で?
<……そ、そそそそこまでぇぇぇっ!! 『決勝第二戦』はぁぁっ!! 通過者4名にてぇ、しゅ、終了いたしますぅぅぅぅぅっ!!>
震える声を何とか振り絞って、みたいな感じでハツマがそう締めた。むう。この勢いを駆って残る奴らを屠りじゃくりたかったのに。あるいはそれを見越されて、元老・運営側が、水を差したと見れなくもないけど。
ここは引いて、素直にその指示に従い、激戦の場であった「対局場」を降りていく。と言うか「トリプル」解かれた時点で、既に体がだる重く感じてるぅぅぅぅ。
私は初期型ASIMOのような繊細な脚運びで、何とか段差をぎこちなく降りていく。