#103:硬質かっ(あるいは、エーテルワイズ/天動=地動=人も動く)
そんな、悟ってしまったかのようなテンションに、包まれている場合じゃない。私の意識は、この閉鎖空間で地平線まで見通せるほどの広がりと奥行を展開しているけど。
静寂の中、私はセンコと目と目を合わせる。迫力のある顔は相変わらずだけど、その目は血走って恐ろしいことになってはいるのだけれど。
何か、笑ってる。笑ってるように私には見えた。私も知らず知らず笑っているのかも。こんなにも浮世離れした空気に巻かれて。いったいぜんたい何だっつうのよ。
宙に浮かしていた右拳を、静かに、押し付けるように足場につける。ゆるゆると、対するセンコの右拳も降ろされていき……
「!!」
ついたかつかないかで、私は左爪先に渾身の力をかけて真正面に飛び出していく。ギュキツというような、私の足裏が足場と擦れて立てた、そんな音まで研ぎ澄まされた感覚で拾っていた。
センコも小細工なしの真っ向から迫ってくる。双方の身体が起き上がり、胸と胸がぶつかり合う……
その直前だった。私は目線はセンコの目から離さずにしたまま、突っ込んだ体勢からの、上半身は全く動かさない所作での右ローを撃ち放っている。
けたぐりだ。出足を止めることさえ出来たら。
「……!!」
着弾点を視認せず、かつ体勢不十分の状態であったものの、何万回と練習させられた体が、自然な挙動、自然な軌道の、最高の一発を放ってくれていた。
ちょうど踏み込んでいたセンコの左膝、その外側のもろい部分に、私のトーがえぐりこむように突き刺さっている。よし、決まった。と思った瞬間だった。
一瞬、左目の下あたりをひくつかせたセンコだったが、普通だったら動き止まるでしょ、いやむしろうずくまってもおかしくないでしょ、くらいの会心のローを喰らっても、その一直線の突進は止まろうことも無くって。
「!!」
周りの空気をほとんど巻き込んでない? くらいの鋭くしかも豪快な張り手が突き出されてくる。向こうも「トリプル」使ってるよ。だったら相殺してイーブンじゃないの。てことはこれはガチの喧嘩か。いや、ガチの取組じゃないの。
私は、顔をおへちゃな具合に引きつらせながらもほぼ紙一重で、その空気を圧縮して押し込んでんのか? くらいの超絶張り手を、巻き起こった風圧に内側に引き込まれながらも、何とか交わしていた。
伸び切ったセンコの右腕。勝機はここしかない。
その突き出されてきた右腕の内側を掠るように、自分のヘッドギアを擦らんばかりに前進すると、迫るセンコの巨顔に、思い切りの頭突きを放り込んでいく。
「……!!」
押し殺していたものの、グッというような声が、確かにセンコの声帯を震わせたことを肌で感じ取った。
私はそのまま、自分の顎を、センコの右肩下あたりにあてがい、がっぷり四つの態勢へと敢えて踏み込んでいこうと両手を前に出していく。