桜と少女
皐月手前の卯月にしては、まだ寒さが残る森。
冬眠や蛹からかえった生き物たちが踊りだす中に少女が一人、大きな木の根に鎮座している。
漆のごとく黒い髪をなびかせながら、少女は嬥歌う小さき桜の妖と言葉を交わす。
「さて、そろそろ私は帰るよ」
少女は立ち上がり、周りで踊りながらしゃべり続けている彼らに声をかける。桜の花びらがただ周囲を舞っているようにも見えるが、声はしっかりと『頭』に聞こえてきた。
(もう行っちゃうの?まだまだ、おはなしあるよ!)
そういうと、先ほどよりも高く舞い少女の頬をかすめてくる。それに少しこそばそうにしながら、桜の木を見上げながら答える。
「もう休憩時間オーバーしてるし、これ以上長居していると怒られるからなぁ」
その言葉に桜たちは先ほどよりも緩やかに、少し寂しそうに舞った。
(じゃあじゃあ、またあそびにきてくれる?)
「あぁ、いいよ。いつも通り暇があれば来るよ。ちゃんと話もしようね」
“暇さえあれば”という言葉に桜たちは、やったぁ!という言葉をだしながら周囲の落ち葉も巻き込んで大きく舞い踊りだした。それに少女はにこやかに笑いながら右手を桜の木に向け、桜の妖たちを送り出すようにした。
「それじゃ、またね」
(またねー!)
その言葉と同時に、桜の妖たちは空高く舞い風と共に消えていった。帰ったことを確認した少女は、左手にあった『杖』を持ち直し『神林』を後にした。