8話 黒い影
「がはっがはっ…」
神木はバーンスプレッドの炎から飛び出す。彼女自身も警戒していなかったわけではないが、まさか自分を巻き込んででも攻撃してくるとは予測していなかったのだろう。
「…有坂」
「はは」
徐々に炎が消えていく。俺の魔法とはいえ、自分の攻撃をもろに喰らったのだ。加えて先程から神木に何度も殴られている。正直言って今こうして神木の前に立っていること自体が奇跡に等しい。
「まさか氷結が…」
震える体をしっかり支えながらは俺はバーンスプレッドの熱で溶け、露わになった地面を踏みしめる。
「時間を凍らせることも出来るなんてな…」
「―――ほう?」
「あんたを見失ったとき、俺はすでに殴られていた」
それは見失い、早すぎて殴られたことに気付かなかったわけではなかった。俺が先程反射的に地面を蹴った時、神木の拳がはっきりと見えた。今まで見えなかった拳がだ。
「その凍らせてる地面…凍結せし領域だっけか?それに触れている奴の時間を凍らせれるとか、そんなんじゃねえのか」
「正確にはそいつの体感時間、だがな」
神木は鋭い目つきでこちらを睨んでくる。そう、氷に触れたら時間を止められてしまうのだ。なら触れなければいい。そのために氷を解かすのが一番だと考えたをれは神木に攻撃する振りをしてバーンスプレッドを放ったのだ。
「成る程、私に攻撃するのが目的じゃなかったということか」
「ゴホッ…そういうことだ」
これでようやく対等、と言いたいところだがすでに俺は神木に何度も殴られており自分の攻撃で更にダメージを負っている。まともに戦える状況ではない。
「だからって、諦めるわけにはいかないんだよ」
俺の踏みしめる地面に熱が伝わり、神木の生み出した氷の大地が徐々に溶けていく。
「ふっ」
「―――!?」
神木は自らの髪を掻き上げればさっきとは全く違う表情で笑みを浮かべる。
「面白れぇ、戦いはこうじゃねえとな」
目の錯覚だろうか、神木の髪の色が少し黒ずんで見えている。
「―――っ」
先程とは比べ物にならない速度で俺の頭を掴めば、神木はそのまま俺を地面にたたきつけられ、そのまま押さえ込まれていしまう。そのときの痛みで意識が飛びそうになるも、俺は何とか持ちこたえる。
「ったく、こいつこんな面白れぇとは。最初から俺がやっておけばよかっ―――」
神木が気づいた時にはすでに遅かった。俺は地面に押さえつけられたまま、詠唱無しの魔法を発動させるために右手に魔力を収束させる。だがそれ以上に神木は、今の衝撃でほどけた俺の右目にまかれた包帯の中にあったものに驚く。
「その眼…」
目元には聖字を持つものなら必ず体のどこかに刻まれている「F」の文字。そして隠されていた俺の目は、まるで悪魔のように黒く、そして赤い禍々しい瞳だった。だがその眼のことを考えるよりも早く、俺の魔法の術式は完成していた。
「聖剣ならざぬ…」
「しまっ―――」
「焔の翼っ!」
ほぼゼロ距離で俺の最大の魔法を放つ。前回の状態でこの距離で撃てばほぼ確実に相手を死に至らしめることができるかもしれない。だが今の俺は手負いの状態。正直これを直撃させても神木の身動きを止めれるかどうかすらわからない。だが、神木に攻撃をまともにあてられない以上もうこれしかなかったのだ。
「はぁ…はぁ…」
さすがに攻撃を防ごうと俺の頭を押さえつけていた手が離されたため、俺はゆっくりと上体を起こす。体中が痛み、もう立つことさえ困難に感じる。
「くそ…」
俺の手から放たれた炎のレーザーは神木に直撃し、そのまま神木は何の言葉を発することもなく、地面に倒れてしまう。
「とりあえず医療科を、次の試合が」
「その必要はない」
まるで何もなかったかのように、神木はすっと立ち上がる。そして右手に溜めた魔力を衝撃波のように俺に浴びせる。そして、そこから本当に俺の意識は消えてしまった。
「あとは任せたぞ」
かのっちょは気絶し医務室に運ばれていくあーちんを見送ればそのままうちのいる観客席まで登ってくる。もちろん階段で。
「はは、かのっちょ後輩相手に容赦ないなぁ」
「私の本気を求めていたのはあいつだ、全力でいかないと失礼だろ」
「だからってさぁ」
うちは笑みを浮かべながらかのっちょの方を横目でちらり、と見つめる。
「まさかかずっちょまで出てきちゃうんだから」
「あれは、予想外だった」
ふーん、とだけ言い残せばうちは階段を降り会場へと向かう。次の対戦相手、澪田深雪、みゆみゆと戦うために。
「あまりいじめてやるなよ、お前の魔法は…」
「わかってるわかってる」
言われなくてもわかってる、私の魔法が人の心を壊してしまう魔法だってことくらい。私は会場へ出る寸前にポケットにしまってあったバングルタイプの魔導器を腕につける。
「さてさてみゆみゆ、リッスン2だ。お手並み拝見といこうかな」
既に会場には準備出来たであろうみゆみゆがいつも腰のホルダーにつけていた双銃を手に、スタンバイしていた。
「うん、みどちゃその言葉を借りるのならここは…お楽しみの始まりだよ」