7話 神木和音
「は…?」
「もう一度言うが、一年医療科は棄権するそうだ」
第一クオーター終了と同時にそれは先生の口から告げられた。
「なんで…」
「勝ち目がなかったから」
その声の主は、他でもない第一クオーターで俺と戦った一年医療科の竜宮寺だった。
「勝ち目がないって…」
「はぁ」
竜宮寺は小さく溜め息をつけば、再び会場を去るときに俺に見せた冷たい表情になる。もしかしたらこの冷たい表情はこいつの普段の表情なのかもしれない。
「もともと私たちは戦闘に特化した魔法は使えない」
傀儡魔法なんて使ってたやつがよく言うぜ。
「だから、オーダーを私を先頭に先に二連勝で抜けることが最低条件だった。私が負けた以上、残りの試合をやっても訓練科には勝ち目がないと判断したの」
「勝ち目がないというのは言い過ぎじゃないのか」
確かに凪木の言うとおりだ。竜宮寺は負けたが、他の二試合負けが確定したわけではない。
「…私たちに事を気にしてる暇が今のあなたたちにあるとは思えないんだけど」
「そうだよ、梓。次の対戦相手は…」
そうだ、次の対戦相手はあの生徒会の会長と副会長のいる三年訓練科が相手だ。三年訓練科、あの神木和音と石川瑞季がいるであろうチームだ。
「神木和音はこのセプティマ学園の第二位、今の梓で勝てるかどうか…」
「…」
俺の魔法の中でも最大の威力を持つ聖剣ならざぬ焔の翼をいとも簡単に止めてしまうこの学校で第二位の実力を持つ神木和音。そして魔法自体は見せていないが不思議な雰囲気を見せた生徒会長、石川瑞季。二人とも去年の校内戦優勝チームで、聖字持ちの二人。
「有名な分、確かに情報はあるけども…」
澪田が俺に渡してきた紙には俺が次の試合で戦う相手、神木和音のデータが詳しく書かれていた。身長、体重、血液型から魔法のことまで詳しく。
「データバンクってここまで詳しく書かれているものなのか?」
そういったのは凪木だった。
「人によるんじゃないかしら、彼女たちは有名だし」
そう、あいつらは前回の校内戦に優勝しているだけでなく、生徒会のメンバーでもある。校内戦に優勝しているということは対校戦にも出場している。魔法のデータなんてほぼ出そろっているだろう。
「さて、肝心の内容は」
神木和音。「I」の聖字の持ち主で、その魔法は氷結。氷を操る魔法。そう、その氷の魔法で神木和音は俺の攻撃を止めたのだ。
「でも関係ねぇよ」
そう、関係ない。あの時は不意を突かれただけだし負けたわけじゃない。だから、今回は確実に勝ちを狙いに行く。
会場が先程に比べて盛り上がっている。校内ナンバー2の神木和音が出るからか、ギャラリーは先程の倍ほどにまで達していた。これはこれで何故か腹立たしい気持ちになる。
「…」
「…神木、和音…」
ゆっくりと会場に歩いてやってきたのは、俺の対戦相手である神木和音。正直俺はこの大会にこいつを倒しに来たと言っても過言ではない。あの時の一撃を止められて以来俺はずっとこいつを倒すことだけを考えてきた。
「行くぜっ!」
開始の合図とともに、俺は聖字に刻まれた灼熱の黒い炎の魔法で神木に一撃、二撃と与える。
「どうだ…」
「甘いな」
「っ!?」
俺はとっさに神木の声のした方向に炎をまとった拳をふるう。しかしそこにはすでに神木はおらず、気が付けば俺の腹部に重い一撃を浴びせていた。とても女性とは思えない重い拳に俺は一度距離をとるために何歩かジャンプして神木から離れる。
「くそ、早いな」
「…まだ終わらないぞ」
そう神木がつぶやいた瞬間、会場一帯がパキパキと全体的に凍り始める。会場が凍りついたことがきっかけに、一気に辺りの温度が下がる。
「凍結せし領域、お前はこれから私を認識するたびに思い知ることになる、氷結の恐ろしさを」
梓と神木さんが戦う姿を私は観客席から眺めていた。
「神木先輩、魔法だけじゃなく普通に強いな」
「かのっちょの恐ろしいところは魔法だけじゃないってことだよ」
その声の主は凪木ではなく、まさに今対戦しているチーム。三年生訓練科の一人、石川瑞季。生徒会長の彼女だった。
「会長…どういうことですか?」
「んー?」
会長は小さい笑みを浮かべて言葉を零す。
「氷結はただ氷を生み出す魔法じゃないってこと」
「―――は?」
神木が消えた。そこまでは認識できた。だが、俺自身が凍りついた地面に倒れていたことうを認識するのにかなりの時間を消費してしまった。冷たい地面、鈍器で殴られたような痛み。殴られたのかどうかすら記憶になく、本当に一瞬の出来事だった。
「…」
俺はゆっくりと体を起こす。
「(なんだ今のは)」
「もう一度だ」
視界に映る神木が視界から消えた瞬間、既に神木は俺を殴り終えていた。早いとかそんなレベルの話ではなかった。それはまるで、瞬間移動のようだった。
「(あいつの魔法の一つか…?)」
氷結は氷を生み出す魔法。データにはそう記録されていた。それ以外にも魔導器で魔法を使っているのか。それとも、氷結の能力の一つなのか。
「くっ―――」
さっきから神木に殴られたという感覚が連続で続いており、意識がどんどん遠のいていくのが分かる。俺のように魔法に依存するのでなく魔法を使って自分の肉体を最大限に生かす戦い方。ただ魔法の威力が高ければいいというわけではないということが文字通り体に染みわたる。もう何度神木に殴られたのかわからなくなった時、俺は反射的に神木との距離をとろうと後ろに向かって地面を蹴った。
「―――っ?」
神木のパンチが何発振りだろうか、きっちりと見えた。軌道から拳の形までしっかりと。だが、既に何発もパンチを入れられていたからか、とっさにその攻撃をかわすことは出来ず、結局俺は再び宙を舞う。
「…まさか」
「…ちっ」
神木は立ち上がった俺に再びパンチを入れようと俺の」懐に飛び込む。
「引っかかってくれっかな…」
「な―――」
バーンスプレッド、竜宮寺戦でも見せた地面に触れると火柱の建つ魔法。神木が俺を殴る寸前で火の玉は地面に触れ、そのまま火柱となり俺と神木を業火へと飲み込んだ。