33話 終末
金属音とも言えない音が街の高台から大きく響き渡る。燃え盛る街の中で住人はそれが命のやり取りの音だということに全く気づくこと無く。
「くっ…」
ウルドの両手に持つ剣戟を何度も受け止めながらも澪田は先ほど受けた攻撃の痛みを耐え、自らも剣を振るっていく。
「…なぜそこまでする。お前からすれば私は街を攻撃する敵でしかないだろう」
「…戦うだけじゃ何も解決しない」
澪田は息を切らしながらも必死に言葉を紡ぐ。
「本当に貴女がユグドラシルというのなら、私たちはわかり合うことができるはずなんです!」
「何を根拠に!?」
「…」
澪田は鋭くしていた目つきを和らげる。
「あなたと私の気持ちは同じなのになんで戦わないといけないんですか…?」
「同じ…?」
「私も、出来ることなら戦いたくなんてない」
「じゃあ何故魔導兵なんかに…」
澪田は少し沈黙してから再び口を開く。
「私、お姉ちゃんが家を継ぐって言われてて親に一切構ってもらえなかったんです。だからお姉ちゃんと入れ替わってこの聖字を受け継ぎました」
と言いながら澪田は右手に刻まれたAの聖字を見せる。
「それがきっかけで私は魔導兵として育てられてきました。私の意思とは関係なく」
「…」
「魔導兵になんてなりたくなかった。やりたいこともなく、ただ親に従ってずっと言うとおりにしてきた」
でも、と澪田はさらに言葉を紡ぐ。
「戦いを止めることが出来るなら、この力をそのことに使いたい」
「本当に止められるとでも思っているのか」
割り込むようにウルドがようやく口を開く。
「今この世界で起こっていること、彼のやろうとすることを只の人間であるお前に止められると思っているのか?」
「わからない、でもわからないからってなにもしないのもそれは違うと思うんです」
「…ふっ」
ウルドはさっきまでの表情とは違い、今までに見せたことのなかった笑みを浮かべる。
「お前にもし本当にその覚悟があるというのなら、私の真名をお前に告げよう」
ウルドの周りの魔力が異様な雰囲気を見せる。
「覚えておけ、我が名は曇りなき瞳ミリシャ」
その瞬間ウルドの周りの魔力が大きく爆発のように衝撃を起こし、煙がウルドを包み込む。時間が経ち、煙が晴れウルドのその姿が顕になる。
「それは…?」
先程のウルドの姿とは違い顔には仮面のような鉄鋼を身に着け、手も黒い手袋。両手に持っていた権は消え去り、ウルドの周りにはまるで円を描くように幾つもの剣が中を浮いていた。
「神衣、私達の本来の姿だ。そして」
ウルドの右手に魔力が収束していき、それが大きな剣へと形作られていく。
「これが私の神話魔術。今ここに、お前の覚悟を見せてみろ…!」
手にした剣にさらに魔力が集まっていき、その影響で地面が小さく揺れ地に落ちていた葉や小石が震える。そして徐々に地鳴りは大きくなっていき、ウルドの持つ剣は大きく輝きを見せていく。
「黄金の聖約!」
体を一回転させてから放たれたウルドの剣圧は巨大な魔力の斬撃となり澪田に向かって放たれる。地面どころか周りのもの全てを溶かし破壊し尽くしてしまう勢いでまっすぐに進んでいく。
「…」
「な…!?」
だがその神話魔術に対して澪田は剣を振るうどころか躱そうともせずにただ立ち尽くしているだけだった。
「馬鹿なのか、死ぬぞ!?」
「…」
澪田はウルドに対して笑みを浮かべる。
「わかり合うのに武器なんていらない、これが私の覚悟です」
「な…深雪…!」
ウルドは自分の放った神話魔術の巨大な魔力と澪田の間に飛び込んでいく。そして大きな爆発がトレスガービア中に鳴り響いた。
「…なんで凪木くんが瑞季を」
雷の神話魔術を受けて崩壊した建物の傍らに倒れる有坂に竜宮寺が回復魔法を使い傷を癒やしていく。その横に渡辺が腕を組みながら立つ。
「こんなの、私達どうすれんばいいんですか…」
「…」
「あいつ、手加減してやがった」
ぼろぼろになりながらも有坂はゆっくりと体を起こす。しかし体のダメージが大きすぎたのかすぐに倒れ込む。
「俺に神話魔術を当てずに建物だけを壊しやがった。俺がもっと強ければ…」
「梓…」
腕で目を隠す有坂の頬からは涙がこぼれ落ちる。それを治癒していた竜宮寺の目元にも涙が溢れかえっていた
「街の中にユグドラシル…一体何人死んだのよ…」
渡辺は街の有様を見つめながら歯を食いしばる。
『こちらは魔導軍の大佐、松井夕希である』
「放送…いや、魔法か」
ボロボロの街の中で唐突に松井の声が響き渡る。
『魔導軍最大責任者、ロッド・ロス大佐の判断によりここトレスガービアは…放棄する!』
「放棄…!?」
「ガービアを捨てるというの…」
その放送が響き渡る中で凪木は燃え盛る街を眺めながら、その場に背を向けた。その背には石川の姿があった。そしてトレスの学生寮で少し前までここで倒れていた椎名とリョウの姿がなくなっていることに驚きを隠せず膝をつくシズの姿もあった。
『現状死亡の確認は取れていないが、行方不明者の名前を上げていく。リョウ・ティルギウス、椎名珠、アリエル・ランド―――』
淡々と、まるで現実味を一切与えないように松井の言葉が街中に響き渡っていく。
『石川瑞季…それから』
松井は次の言葉を口にするのに、少し抵抗を覚えたように一瞬口ごもらせる。
『…澪田深雪だ』
この事件は人類が初めてガービアを放棄した事件、トレス放棄事件として歴史を刻んだ。ユグドラシルは人の中に紛れ込んでいる、人類は初めてそのことを自覚し疑心暗鬼に陥るようになってしまった。そして疑わしきものは全て魔導兵によって裁かれていき、2年の時を得て再び世界は安定した平和を取り戻すことに成功したのだった。
「…勅命ですか」
大きな机の置かれる一室で松井と向かい合って一人の女性が机の上に置かれた封筒に視線をやる。
「そうだ、本日付で君も大尉だ。精進したまえ」
女性は黙ってその封筒を手にして部屋を出て行く。
「今のこの世界が本当に平和だと思っているのか…」
女性が部屋を出て向かった先は、殉職した魔導軍の眠る慰霊碑だった。その前で女性は小さく祈るように両手を合わせる。
「私も本日付で大尉だ。でもわからないよ、このままここにいてもいいのか…」
「あの…!」
女性は声の方に振り向く。そこには紺色のボブくらいの長さの髪にスーツを来た身長が少し低めの小柄な女の子が立っていた。
「私本日付で大尉のパートナーもなります、実原舞果日と申します…!」
再び彼女の物語が始まろうとしていた。




