32話 決戦
「さて、貴女もここで消える運命なのですよ」
「ちっ」
球体状の魔力が無数に負ってくる中で、向井は舌打ちを打ちながらもそれを躱し逃げるように走る。
「わかってるんだろ、お前の魔法なら勝てると」
「でも、私の魔法じゃ和輝の魔法には及ばない。それに私は神衣を使えない…」
向井の頭の中に直接和音は話しかける。
「馬鹿野郎、お前が神衣を使えないのは俺がお前の中にいるからだろう」
「…気付いていたのか」
「俺を言う存在を抱え込んでるせいで、肉体の容量がパンクして自分の力を出し切れてねぇ。それくらいわかるっての」
「でもそれをすればお前が消えるんだ…!一度私の肉体からお前の精神が離れてしまえば、再び目を覚ます保証はないんだぞ」
「…」
向井は何を思ったのか、ついには逃げるのをやめて足を止める。
「和輝っ!?」
「遂に諦めて死ぬ気ななりましたか?」
立ち止まった向井に大量の魔力が押し寄せる。
「…バカが」
刹那、大きな魔力の衝撃波が向井を中心にあたりの枯れた木々を揺らす。そして向井を襲うはずだった球体状の魔力は向井を襲うこと無く消滅した。否、凍り砕け散る。
「な、なんだ!?」
「私の聖字は全てを絶対零度で凍らせる氷結」
向井の周り一面が白銀に覆われ、ヘルの操っていた魔力の全てを凍結さていく。
「馬鹿な、こんなことが…」
「クソが、瑞季になんていえばいいんだよ…」
向井の纏っていた黒いスーツは消え去り、黒かった髪も元の金髪に戻っていく。
「聖字はその力を使うことが本当のあり方じゃない、そそ魔力を纏い自らの一部として扱うこと」
向井の姿はすでに向井ではなく、和音としての姿に戻っており瞳の色もオッドアイだったのが赤目がオレンジ色に変色していた。いや、戻ったというべきなのだろうか。
「だが私は自分の体に和輝の精神を宿していたことで自分自身の容量が一杯になってしまい、自分自身の魔法を最大限に使うことが出来なくなってしまっていたんだ」
「なん…だと?」
ヘルは眉間にしわを寄せながら、神木となった彼女を睨みつける。
「つまりだ」
刹那、神木は目にも留まらぬ速さでヘルの右腕をちぎり取った。否、すでに辺り一面は氷で覆われており氷結の領域でヘル地震を一瞬凍らせて攻撃したのだ。
「ふ、やりますね。でもお忘れですか?私の腕は…」
そう言いながら余裕そうにヘルは自分自身の右腕に魔力を込める。しかし先程のように腕が生え変わることはなかった。
「な、なぜ!?」
「簡単なことだ」
冷めた表情で神木はヘルに人差し指を指す。
「魔力の活動まで停止させたんだ、お前の腕はもう生え変わらない」
「なるほど。なら貴女に一つの名を名乗らせていただきます」
神木の攻撃でちぎれた腕の付け根が凍りつきながらも、ヘルは冷静に神木に視線を向ける。
「真名、スレイド・ファウド。意味は侵す者ギリマ、という意味ですね」
「…」
神木は口を開かない。
「我々は本来の名前に意味を乗せた真名というものを持ちます。それを名乗ることにより我々第二世代は…」
ヘルの姿はその言葉を口にした途端出た煙によって一時的に見えなくなるが、すぐにその姿が現れる。先程までの人間のような姿はなく、顔が鬼のようなものに豹変しておりちぎれた腕も生え変わり更に二本の腕が生え、四本腕となっていた。
「神衣を発動させることができるのです…」
「…」
神木は小さくため息をつく。
「…氷雪の騎士」
神木を中心に冷気が辺り一面を覆う。
「な、なんなのですかこれは…!?」
「私が今まで和輝の精神を体内に宿してしたことで使えなかった神衣」
「神衣、人間が…?」
パキパキと、氷が草木の命を凍結させていく。
「しかしですね…」
その言葉を口にした瞬間にヘルが神木に対して飛びかかる。
「貴女が神衣を完成させる前に殺してしまえば―――」
「遅い」
凍りついた地面から花の蕾のようなものが生えてくるが、その蕾を飛びかかったヘルが踏む潰す。だがその瞬間ヘルの足元からまるで花が生えるように凍りつく。
「っ!?」
ヘルの足が止まり、氷から抜け出そうと足を動かそうとする。だがどんどん氷の花がヘルの体から覆うように咲く。
「残念だがお前が私に触れることは叶わない」
「これは…」
「この冷閻華が咲ききる頃には、お前の命は散っているよ」
ヘルの体は全身が氷の花の彫刻のようなものに飲み込まれ、その生命すらも凍りついていった。
「…」
沈黙の中澪田は必死に意識を保とうと体に力を入れる。いくつかの傷口からポタポタと血が流れ落ち、土が赤色に染まっていく。
「もういいだろう、終わらせよう…」
そう言ってウルドは剣を構える。
「くっ」
一気に間合いを詰めてきたウルドの振るう剣閃を澪田は数度詠唱銃剣で受け止めていく。だが傷口が傷んだのか澪田の持つ詠唱銃は弾き飛ばされていまうその勢いで澪田の体も大きく地べたに倒れ込んでしまう。倒れ込む澪田に対して喉元に剣を突き立てる。
「…」
「…今なら見逃してやってもいい」
「えっ?」
ウルドは澪田を見下ろしながらも突き立てていた剣を引けば、その剣は錐のように消え去る。
「殺意のない人間を殺すのは気が引ける、それだけだ」
「…」
澪田は大きく息を飲み込む。
「もう、やめてください」
「…なに?」
背を向けてその場を去ろうとしたウルドは足を止めて振り返り澪田を睨みつけつる。
「貴女、本当は戦いたくないんじゃないですか…?」
「…」
澪田はフラフラになりながらもゆっくりと立ち上がる。
「殺意のない相手と戦いたくないって、貴女戦意がないんじゃないですか?相手に殺意があるからいやいや戦っているんじゃないですか…?」
「…本気で言ってるのか?」
その刹那、ウルドの手から繰り出された斬撃が澪田の真横をすり抜けていく。その斬撃は地面に大きな裂け目を生み出す。
「これでもまだそんなことが言えるのか」
「…分かり合えるはずなんです」
ウルドの威圧を受けながらも澪田はゆっくりと弾き飛ばされた詠唱銃を拾い、手にする。
「貴女がどういう存在でどういう過去を持っているのか私は理解することができない。でも戦うことに抵抗を持つ貴女と、戦うなんて私にもできません…!」
「…そうか、なら」
そう言ってウルドは再び剣に両手にし構える。
「お前が戦いを止めてみせろ…!」
澪田の詠唱銃剣とウルドの剣が大きな音を鳴らしながらお互いの想いを乗せてぶつかり合っていく。




