31話 過去
「…」
向井は男の放った球体状の魔力を躱しながら、今もなお魔力を放ち続ける男の方に視線をやる。
「あの魔法、触れるだけでもダメなのか…?」
男の放った魔力は向井に触れること無く草木などに当たるが、その草木たちはまるで生気を吸い取られるかのように萎れて枯れていく。
「恐らく生徒たちもこれにやられたんだろな」
だとすれば、と向井は足に魔力を溜めて大きく飛ぶ。
「瑞王剣…!」
向井は右手に肩に乗せて持っていた剣を大きく振りかぶり、球体状の魔力を一閃する。したはずだった。
「…なに!?」
球体状の魔力に触れたであろう剣の刀身の部分は黒く錆びており、刃も一部が欠け落ちていた。
「…物理ではダメか」
「まさか剣に生気がないとでも…?」
男―――ヘルはようやく口を開く。
「私の魔法は毒、そんなちゃっちい棒きれなんかでは切れませんよ」
「…相性が悪いな」
向井は再びヘルとの距離を取るために大きくジャンプをする。
「逃げよう、和輝。お前では勝てない」
「…」
向井の脳内に直接神木の声が響く。向井と神木は肉体を共有している。向井が肉体を支配していても、神木はその行動を全て見聞きすることができる。
「和音、ここで俺が引けばどうなる」
「…」
神木は答えない。
「答えは簡単だ、周辺の人間はみんな死ぬ。そして俺がそれを見過ごせる性格じゃないことも知ってるはずだ」
「だけど…!」
「和音」
肉体の中で、神木の精神と向井の精神が向かい合う。
「俺を殺せ」
「さて、誰かがここまで来るのはなんとなく予想はしていたのだが…まさか君とはな」
街の高台から爆発音と悲鳴が響く惨状を眺めていた金髪に黒いドレスを着た女性が不敵な笑みを浮かべながら、高台の入口の階段の方に視線を向ける。
「テレポートの際の魔力の痕を辿ってきました…」
階段を走って登り、高台に姿を表したのは澪田だった。澪田はここまで走ってきたからか体中が汗でびっしょりしており、息もかなり乱れていた。
「貴女が主犯なんですか…?」
「主犯、か。この作戦を考えたのはフェンリルだから私ではないが…」
と、そこまで言ってからウルドはいつどこから出したのかわからない黒い西洋の騎士剣のようなものを澪田の喉元に突き立てる。
「私もお前の敵だよ」
「…敵、貴女が?」
ウルドが片手に持っていた黒い西洋の剣はウルドが手を離すのとほぼ同時に霧状になって消え去る。そして澪田の周りを円を描くように歩きだす。
「そう、九鬼門のウルド。お前たち人間が迫害してきた、化物だ」
「化け…物?」
「…」
そこでウルドは足を止め再び澪田に視線を向ける。
「九鬼門はそれぞれ個別の目的があって活動している。そして私の目的は、私を認めないものへの復讐…」
「認めないものって…」
「第二世代ユグドラシル、人とユグドラシルの間に生まれた人としてもユグドラシルとしても生きることを許されない呪われた命だよ」
澪田は口を開くことはなかった。
「さぁ始めよう、お前たちのくだらない幻想を私が砕いてやろう…」
「…」
黙っていた澪田は詠唱銃を無言で抜き、その銃口から魔力の刃を魔力で具現化させる。
「…貴女が何者かはよく知りません。でも、貴女を止めなきゃいけないことはわかりました」
「ほう…」
ウルドは再び笑みを浮かべながらどこから出したのかわからない剣を二本、両手に構える。
「来い、お前な本質を見極めてやる」
「…っ!」
詠唱銃剣を数度振るうも、ウルドは両手に持つ剣で全て受け止める。
「なんでこんなことを…」
「言ったはずだ、復讐だと…」
「わかんないよ!」
ウルドと刃を交えながら澪田は大きく声を上げる。
「私と…人と同じ姿をしていて、同じように考えを持ってるのに」
「…それが、なんだというのだ!」
ガキン、と大きな音が鳴り響きウルドと澪田の間に距離が生まれる。
「こんなやり方以外にもなかったんですか…?」
「…降り落ちろ」
ウルドが左手に持つ剣を宙に投げ捨てれば、その剣は無数のナイフに変化し、澪田に対して降り注ぐ。降り注いだ刃のいくつかが澪田に刺さり、真っ赤な血が宙を舞う。
「戯言を吐くな、人間ごときが。もう私は騙されんぞ」
「騙す…?」
「言ったはずだ、私を認めないものへの復讐だと」
私も最初は人間と相違ない姿をしていたから分かり合える、認めてもらえると信じていた。そう思って何度か自身の正体を明かしたことがあったが、全てが拒絶でしかなかった。ただ、一人だけ拒絶しなかった人間が存在した。彼女の名は、入偉団扇。当時一四歳だった彼女は途方に暮れていた私を招待を知りながら匿ってくれた。初めて認めてもらえたと思ったんだ。
「団扇はどうして私を匿うのだ?」
そう聞いたことがあった。
「困ってる人を助けるのに理由なんていらないでしょ?」
その答えは全くの嘘であることがわかったのは、彼女が留守にしている間に見た魔導軍の入隊手続き書が机の上においてあることがきっかけだった。もちろん私は彼女を信じたくて何も言わなかった。でも、答えは違った。私を匿って一ヶ月ほど経った時だった。団扇は朝から用事があると言って家を出ていった。特に何も感じなかったが、昼過ぎに帰ってきたときに団扇は、数人の魔導兵とともに帰ってきたのだ。私を騙し、捕らえるために。
「それが貴女の人を憎む理由…」
「もう十分だろう、人間。所詮私とお前は別次元の人間なのだ」
「そんなこと…」
ない、そういいたかったのに澪田はその先の言葉が口から出ることがなかった。




