30話 無慈悲
「あれ、あっちの方は終わったのかぁ。これだから頭の悪いミドガルズくんはだめなんだぁ。でもまぁ神話魔術も使えないポンコツだし別に死んでも悲しくないやい。うそうそホントは悲しい。生きていくのが辛いぜいえぃ」
「…」
青がかった髪の少年は一人で笑いながら拍手をする。その行動を理解できないベルと武音は無言でその様子を眺めていた。訂正しよう、理解できていても二人はその様子を眺めていることしかできなかっただろう。すでに二人の体はボロボロ、自分の体を支えるので精一杯だった。
「葵、なんであんたが…」
武音は少年に対してそういったのか強く睨みつける。
「うわー怖いなぁ碧姉さんは。てゆーか僕のことその名前で呼ばないでくれるかな?今はフェンリルって名前なので」
「なんやねんこいつ、さっきから碧のこと姉さんとか…」
「あれあれ?」
少年は首を傾けるかのように不必要に体を傾けてベルの方をじっと見つめる。
「そりゃ言ってませんよね、自分の家がユグドラシルの研究の―――」
「それ以上は黙ってて!!」
武音は大きな声を張り上げて少年の言葉を妨げる。
「ベルには…」
武音の制止を聞かずフェンリルと名乗った少年は笑みを浮かべる。
「第二世代を人工的に作る人体実験、調子どうです?」
「…」
「人体…実験?」
その言葉の意味を理解できなかったベルは再びその言葉をつぶやく。
「そうなんです、聞きたいですか?人とユグドラシルの間に生まれた僕みたいな存在を人工的に作り出す父親の話。でもあんなの父親じゃありませんもよねぇ、姉さん?」
「黙れ…!」
いつも冷静な武音が珍しく取り乱しているのもあるのか、ベルも黙ったまま口開かない。
「つれないなぁ、一緒にぱぱりんを殺した仲じゃないです」
「は?」
ベルは目を見開きなら武音の方に視線をやる。
「アニマ研究しないでーって言ってるのにやめてくれないから二人で―――」
「もう…」
武音は両手で耳をふさぎながらそのまま地べたに泣き崩れる。
「もう、やめて…」
「なのになんで僕だけがこっち側なんですかねほんと―――」
フェンリルが言葉を最後まで紡ぐことはなく、そのまま大きく吹き飛ぶ。しばらくしてからそれが殴られたのだとフェンリルは気づく。
「いやいや待ってこれなに、なんで殴られてるの」
二人に視線をやると、武音は先程と同じく泣き崩れていた。しかしベルは立ち上がり、フェンリルを殴ったあろう拳をしっかり握っていた。
「んなことどうでもええわ、碧を泣かせんなや!」
「ああ、そう」
「ベル…!?」
次の瞬間爪を立てたフェンリルの右手が一振りされ、それと同時に大量の血が宙を舞った。
「お疲れ様でした~」
フェンリルによって体を切り裂かれたベルはそのまま武音の腕に抱えられるように倒れ込む。
「ベル!なんで…どうして」
「み、どり…?」
ベルは震えた声で武音に視線を傾ける。
「お前…ほんまアホやな…」
武音の涙がベルの顔に流れ落ちる。
「わかってるよ」
ベルは小さいながらも必死に声を上げる。
「でもどうしようもなかったんだ。碧にはわかんないだろうけど…」
「わかるわアホ」
自らの服が、手が血だらけになりながらも武音はしっかりとベルの体を抱きしめる。
「あーあ、萎えちゃった」
その様子を黙って眺めていたフェンリルは耳をかきながら二人に背を向ける。
「まぁ碧姉さん、また会いましょう」
次の物語はいつになるかはわかりませんけども、とだけ言い残して。
「なんなんだよお前、その姿…」
ピリピリと凪木の魔力を感じながら、有坂は体を震わせつつも構える凪木に対峙しようと必死に拳を握ろうとする。しかしその拳にははっきりとした意思が見えず、凪木には弱く見えていた。
「…梓、迷いは自分を殺すぞ」
「なんだと…?」
「迷ってるお前では俺とは戦えない」
最早顔すらも見えなくなってしまった凪木からもその表情が上から見下ろしているものなのだと有坂も流石に気づいていた。
「…くっ」
「あーちん、伏せてて!」
咄嗟に言葉通り有坂は姿勢を低くする。その瞬間石川の魔導器を通して放たれた炎が屋上一体を焼き払う。炎が屋上や凪木を飲み込む中、石川は有坂の腕を掴みながらすでに凪木によって壊された屋上の出口の方へ向かおうとする。
「うちらの手に負える相手じゃない、一旦逃げて―――」
「本当に貴女は油断ならない人だ」
耳元で囁かれたその言葉に石川は寒気を感じた。
「貴女は本当に危険な人だ」
どす、と鈍い音とともに石川のその貴社な体はゆっくりと崩れ落ちる。
「会長…!」
崩れ落ちる体を凪木は支え、有坂との距離を一瞬でとる。
「俺達九鬼門は、それぞれ別の目的があって動いている」
凪木は石川の体をゆっくりと地べたに下ろす。
「俺も俺の目的があって動いている、お前に危害を加えるつもりはない」
「んなこと会長を気絶させてるくせに信じると思ってるのか…」
「思ってないが、お前からも俺に何かできるわけでもないだろう…」
図星だったのか、有坂は言い返すこともなくただ拳を握りしめるだけだった。
「いいことを教えてやる、梓」
「なっ―――」
その刹那、有坂のはるか上空にとてつもなく大きな黒い雲が稲妻を帯びながら現れる。
「俺の神話魔術の一つ、墜ちる雷の剛腕」
静かに凪木の手から黒い雲に小さな魔力が注ぎ込まれる。
「この世は力が絶対だ」
魔力の注ぎ込まれた黒い雲から巨大な魔力によってできた雷の塊がレーザーのようになって有坂に向けて降り落ちる。鼓膜が破れそうなほど大きな破壊音と、爆風の全てが雷と絶望とともに有阪を飲み込んだ。




