28話 戦場
「…なっきー?」
震えた声で石川は凪木に言葉を紡ごうとする。しかし街からの爆発音でそれが泣きに聞こえているのかどうか、石川には理解することはできなかった。
「…」
独心術でも何も聞こえない、なっきーが私の独心術を警戒して何も考えないようにしてるの?ならそれが聞こえるはずなのに。
「磁場ですよ、会長」
沈黙を破ったのは凪木の方だった。
「マグネットフィールドの応用で軽い磁場を張ってしまえば貴女の魔法は俺には効かない」
「なっきー…ちょっと冗談きついよ?」
「すべてを知って尚、そんなことを言えるなんてね」
「…」
石川のいつもの元気な表情は完全に消え去り、絶望したかのような不安でいっぱいな表情を浮かべる。
「会長、凪木!街が…!」
緊迫した空気の中に唐突に有坂が屋上の扉を開いて現れる。
「…どうしたんだよ、二人共?」
「…梓」
凪木は有坂の方にゆっくりと振り向く。
「あーちん逃げて―――」
「友達ごっこはもう終わりにしよう」
石川の言葉が有坂に届くよりも先に凪木の拳が有坂を捉えていた。はずだった。紙一重のところで有坂はその攻撃を躱す。有坂を捉えるはずだった凪木の拳はそのまま有坂の入ってきた屋上の扉に直撃する。耳が痛くなるほどの大きな爆音とともに扉は跡形もなく吹き飛ぶ。
「リョウとの戦いで近接での戦闘能力が大幅に上昇したのか…」
「凪木、お前何やって…」
「タービュランス」
凪木の手の平から放たれた雷で有坂は大きく体を宙に舞う。屋上から落ちないよう設置されていた柵を超え屋上から落ちそうになるも柵に捕まり落ちることはなかった。
「凪木、てめえ…」
「なっきー、貴方一体…」
凪木は石川と有坂に冷たい視線を向ける。
「九鬼門って…?」
「…第二世代ユグドラシル、俺達は人間たちに恨みを持った化物だよ」
「化物…第二世代…?」
柵を乗り越え有坂は屋上をに地をつく。
「第二世代…人間とユグドラシルの間に生まれた呪われし命だよ」
緑の鱗の化物がシズに向けて何度も拳を振り下ろしてくるのに対して、シズはその攻撃を何度も躱しながらユグドラシルなる化物から遠ざかるように走っていく。しかしミドガルズオルムと呼ばれたそれは走るシズに追いつきそうなほどの速度で追いかけてき、何度も拳を振り下ろす。
「ぅ、ぐぁ…アダレ!」
「くっ…」
流石に何度も走りながら攻撃を躱しているせいか、シズの息が切れ始める。
「雪染めの舞…!」
シズは躱したその一瞬を狙い空気中の水分を氷の刃に変え、ミドガルズオルムに突き立てる。だがその刃は鱗を貫くことはなく粉々に砕けてしまう。
「しまっ―――」
その瞬間ミドガルズオルムの拳が薙ぎ払うようにシズに直撃する。そのままシズの体は宙を舞った後に芝生の上を転がっていく。転がる勢いが止まったシズはゆっくりと体を起こすも胸を押さえながら口から少量ながら持ちを吐き出す。
「…」
肋が何本か折れたか。
シズは足に力を入れ立ち上がればミドガルズオルムに対して視線を向ける。
「これが、戦場…」
シズは小さく笑みを浮かべれば着ていたブレザーを脱ぎ捨て、吹き飛ばされた際に手を放して地面に突き刺さった刀を抜き構える。しかし痛みがあるのか、浮かべていた笑みは消えその表情は余裕のあるようなものではなかった。
「偽りのない恐れを知らぬ無垢なるものよ」
シズの刀に大量の魔力が集まっていく。それと同時に空気が震えているのがはっきりわかった。それに対してミドガルズオルムは全く反応すること無く、ゆっくりとシズに近づいていく。
「光よ形となり具現せよ…」
集束された魔力はシズの一振りした刀に合わせて巨大な斬撃が宙に刻まれる。
「これが私の神話魔術…雪月花第三章!」
シズがもう一振りすれば宙に刻まれていた斬撃が十字を刻む。
「花時雨の舞ぃ!!」
十字に刻まれた斬撃は真っ直ぐミドガルズオルムに向かって飛んでいく。斬撃は直撃し、その衝撃波が周りの木々は大きく揺れ、土や草が吹き飛んでいく。その衝撃波にシズ自体も刀を地面に突き刺して吹き飛ばされないように体を支える。
「く、やったか…?」
徐々に衝撃波によって起こった砂埃が時間とともに消えていき、ミドガルズオルムの姿が顕になっていく。だがミドガルズオルムは斬撃が当たったで場所であろう右腕の鱗が割れている以外に変わった様子はなく、他の部分は全くの無傷だった。
「な…!?」
「ウデ、イダイ」
ミドガルズオルムは割れて地面に落ちた鱗を見ながら小さく体を震わせる。
「ウデ!イダイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
その声の振動をはっきり感じ取ることができるほどの大きな声にシズは体を震わせる。それ以上に自分の魔法を受けてほとんどダメージを負っていないことに恐怖すら感じていた。
「あ…」
猛スピードでミドガルズオルムはシズに向かって走り出す。それに対してシズは初めて死というものを感じる。それがまさに形になって迫ってきていると、そう感じる頃にはミドガルズオルムは目の前まで来ていた。
「死ぬ―――」
「アガッ!?」
ミドガルズオルムの巨体はシズに拳を振るう直前で大きく横転する。シズはミドガルズオルムが横転したのを確認すれば大きく距離を取るように離れる。
「一体何が…」
「大丈夫、しずのん!」
シズはゆっくりと声のした方に首を動かす。そこには少し古いマスケット銃のようなピストルを片手に持った紫がかった黒髪の少女が高台で仁王立ちをしてそこにいた。
「…琉依さん」
「よっと」
高台から飛び降りた渡辺はシズの肩を小さく叩く。
「どういう状況か私もまだわかんないけど、手伝うよ」
「…助かる」
再び体を起こしながらこちらを睨みつけるミドガルズオルムに対してシズは大きくつばを飲み込む。




