27話 トレスガービア強襲
街の中が炎に包まれる中、ウルドと名乗った金髪の女性はその惨状に微動たりともすること無くその場に立ち尽くしていた。
「な、何が起こって…」
澪田はその光景に呆然とするしかなかった。
「私達九鬼門による人類への報復…」
「報復…?」
金髪の女性は不敵な笑みを浮かべながら澪田にその笑みを向ける。
「お前たち人間に、私達第2世代を止めることができるかな…?」
「あ、待って―――」
澪田が金髪の女性を呼び止めるよりも早く、その女性は跡形もなくその場から消え去った。まるで悪夢でも見せられていたかのように。だが周りの惨状がそれが悪夢ではなく現実なのだと自覚させられた。
「…」
「…なんだこいつ」
トレス校の学生寮も爆発音が鳴り響いていた。リッターがよく鳴らしている爆発音とは全く違い、壁を壊し、人を吹き飛ばし、人を殺すのが目的のような、そんな音が寮に響く。そのトレス校の屋上に黒いフードで顔を隠した少し体が大きめの人のようなものがいた。
「人間…だよな?」
屋上に登ってきたのはトレス校の二年生、シズとリョウと椎名だった。
「てめぇ、何者だ…」
リョウはその黒いフードのような何かに明らかな殺気を向ける。
「…」
その何かはリョウの問いに答えることはなかった。
「おいお前、なんか言え―――」
椎名は二人の前に出、拳握りしめながら怒鳴るがその言葉が最後まで発されることはなかった。発することができなかったわけではない。発することをするよりも、問題が発生したからだ。握りしめていた椎名の拳が、いや拳だけでなく腕が、肩から全て消し飛んでいた。それが数秒遅れて激痛となり椎名は大声を出しながら左手で右の消し飛んだ肩口を押さえ、地べたに倒れ込む。
「椎名!?」
「あ…が、う…で、が…」
荒い息を立てる椎名の体をシズは手を震わせながらも起こす。
「…?」
椎名の腕は消し飛んだわけではなかった。椎名の腕を黒いフードの袖口から伸びる蛇のような生物が喰らっているのがシズの目に入る。
「てめぇよくもたまを―――」
リョウが飛びかかった瞬間、それを蹴り飛ばす者が現れた。青がかった髪に貴社な体をした少年のような人物。蹴り飛ばされたリョウはそのまま屋上の壁に叩きつけられる。
「ダメじゃんミドガルズオルム、勝手な行動とっちゃ」
「…」
ミドガルズオルムと呼ばれたそれは何も言葉を発すること無くシズや倒れるリョウ達に背を向けて屋上を飛び降りる。それを見届けた蒼髪の少年は笑みを浮かべながら建物と建物の上を飛びながらその場を去っていく。
「く、待て…!」
シズは黒いフードを追いかけるように続いて屋上から飛び降りる。
「入れ替えぉ!」
シズがそう叫んだ瞬間地へ落ちていくシズの体の速度が遅くなっていく。通常よりも受ける重力が軽くなったのだ。そのままゆっくりと地面に降り立てば懐から出したマジカニウム鉱石を刀の形に変えていく。
「なんだお前は、何が目的なんだ?!」
「…」
その場を去ろうとしていた黒いフードはシズの張り上げた声を聞き無言でゆっくりと振り向く。
「答えろ、化物!」
「…あ、ぅ」
黒いフードはようやく言葉を発した。
「う…ウトガルド・ボルヴァ」
黒いフードがそう告げた瞬間、肉がちぎれるような音とともに黒いフードからその姿が現れた。それは到底人間と呼べるものではなく、巨大な足に緑色の鱗を纏った腕、蛇を模様したような顔。その口からはよだれのようなものが地面に垂れ落ちる。それは地面に触れた瞬間地面から蒸発音とともに溶け去る。狂気、まさにそれを権化したような存在が黒いフードの中から現れた。
「ま、さか…ユグドラシル?」
緑の鱗の化物は大きな叫び声を発しながらその巨大な腕を振りかぶる。そのまま振り下ろされた腕をギリギリのところで躱す。
「なんでユグドラシルが、ガービア内に…」
「ひっ、なんなのこいつ!?」
長い黒髪に全身黒ずくめ、胸元を強調したような服装の男の手から放たれた魔力の球体に触れるたびにその人間たちは生気を吸われるように萎れていき、大勢の人間がどんどん倒れていく。
「ふむ、やはり只の人間はこの毒に対して免疫がないようですね」
大勢の人間が倒れていく中一人の少女だけが尻を地につけながらその黒ずくめの男に対して恐怖を抱きながら震えていた。
「おねがっ…助けっ…」
「さて」
そう告げながら男は再び右手を前に出す。先からその右手から魔力が放たれていた、つまり男は少女に対して魔力を放とうとしているのだろう。
「これで―――」
男が言葉を最後まで口にすることはなかった。そして男の手から魔力が放たれることもなかった。男の右手は魔力を放つ前に腕だけが何故か宙に舞う。男はすぐに自分の腕がもげ、それが宙に舞っているのだと理解した。
「何者です…?」
金髪を揺らしながら少女の前に一人の女性が立ち尽くす。
「おい、こいつは一体どういう状況だ…」
神木和音は着ていた上着を投げ捨てれば右手から大量の魔力を生み出し纏っていく。和音の生み出した魔力は右肩まで覆うように和音を侵食していく。
「ふむ、聖字使いですか。私に不意打ちを仕掛けてきたのでだいたい予想していましたが」
詰めが甘いですよ、と言いながらちぎれたはずの右腕が再び生えるように再生する。
「…」
「どうしたのですか、この程度ですか?」
「…おもしれえ」
その瞬間大地が神木から放たれた魔力で揺れる。否、それはすでに神木ではなくなっていた。金髪だった彼女の髪は髪の根元から黒く染まっていき目つきは先程よりもきつくなっていき、向井の人格に入れ替わっていた。
「お前が何者なのか知らねえけど俺がぶっ飛ばす…!」
「…へぇ」
向井の笑みと男の笑みがその場の空気を支配していく。




