21話 リョウ・ティルギウス
「恐怖だと…?」
「そうだ。黒い炎を操る魔法でなく、相手に恐怖を与える魔法…」
梓は両手に黒い魔力を纏いながらリョウに対して構える。
「さぁリョウ・ティルギウス、ケリつけようぜ」
「…あのさぁ」
リョウは小さく溜め息をつく。
「あんまり調子に乗ってたら足元すくわれるぞ」
リョウが梓の懐に飛び込んだのは一瞬のことだった、梓はとっさに黒い魔力を薙ぎ払うように振るうがリョウはそれをかわし、梓の腹に向かって拳を打ち込む。
「かはっ…」
「魔導士は魔法だけじゃねえ、肉体あっての魔法なんだよ」
続けてリョウは体をひねるように回転させてあずさの顔を蹴り飛ばす。梓はいったんリョウと距離をとるために鼻を押さえながら前方に向かって衝撃波を起こす。すると砂が爆風をお越し、次第にお互いの視界が見えなくなっていく。
「俺がトレス校でエースなのは、聖字を持ってるからじゃねえんだよ」
「…」
「来いよ、有坂梓」
「くそったれがぁ!」
梓は拳を握りしめ、リョウに飛びかかる。右に、左に梓はリョウに拳をふるう。だがリョウはその拳をいとも簡単に避けてしまう。そもそも梓の拳そのものに勢いがなく、リョウでなくても避けることは容易だったかもしれない。
「ぬるいっての」
再びリョウは梓を蹴り飛ばした。
「お前みたいな聖字があれば何とかなるなんて思ってるやつが一番腹が立つんだよ!俺も、しずのも、たまだって!努力してここまで来たんだ!」
そう言いながらリョウは横たわる梓の体を何度も何度も蹴る。血が流れ、体から変な音が鳴ってもリョウは梓を蹴り続けるのをやめなかった。
「はぁ、はぁ…」
冷静になったのか、リョウは足を止める。そして梓はうつむせのまま気絶したのか、動かなくなってしまった。
「ふん…あとは風船を割るだけか…」
リョウが右手に赤い炎を纏う。だがリョウは足に違和感を覚えて手も止める。
「…まだ意識があったのか」
うつむせのまま梓はリョウの足を掴む。
「ま…だ、まけ…れない…」
「もう負けてんだよ…」
リョウは梓の手を払うように足を動かす。
「さっさとお前を片付けて他の奴と合流しないとなんだよな」
「させねぇって」
「なっ!?」
リョウの目には、梓という存在が先程と変わって見えていた。姿形が変わったわけではなく、存在が禍々しくなったといった方が正しいだろうか。
「ざっけんなよっ!」
リョウは雰囲気の変わった梓に向けて先程纏わせた炎の拳で殴りかかる。だが殴りかかったそれは触れた瞬間まるで霧のように消えていく。そしてリョウの周りには先程のような禍々しさをまとった梓が何人も囲っていた。
「なんだよこれ…」
「リョウ…ティルギウス…」
「リョウ…ティルギウス…」
「リョウ…ティルギウス…」
「リョウ…ティルギウス…」
「リョウ…ティルギウス…」
「リョウ…ティルギウス…」
「ころしてやる…」
「しね…」
「きえうせろ…」
「ざっけんな、消えるのはお前の方だ!消えろ!消えろ!消えろ!」
リョウは現れた大量の梓に向かって何度も何度も何度も炎を振り払う。だが消しても消しても梓は消えることはなく現れる。
「くそ…なんなんだよ、てめえ!」
徐々に梓の目が両方とも黒く染まっていく。
「有坂梓…てめえ…」
リョウは視界に違和感を覚え、両目を押さえる。すると暗闇にひびがいくような感覚に陥る。
「ありさか…あずさぁ…!」
「ジャスト一分だ」
ひびの入った視界は割れ、そこには無傷の梓が立っていた。さっきまで禍々しさを纏っていた梓とは違い、目も戻っていた。
「な…」
「いい夢見れたかよ」
「…は?」
リョウはきょとんとした表情で辺りを見渡す。先程まで戦っていた光景とは違い、まるで戦う前のように辺りは荒れておらずリョウの頭に付いていたはずの風船もなくなっていた。
「なんだ、今の…何をしたんだ?」
「恐怖の魔法の一つだよ。この右目を見た者に幻を見せる魔法」
「幻…?」
「ああ、俺の目を見て恐怖を感じた者に恐怖の幻を見せる、堕天使目」
「…まさか最初から勝負は決まってたなんてな」
リョウはため息をつきながら地べたに座り込む。
「…お前が恐怖を感じなければ、負けていたのは確実に俺だった」
「んだよ、それ」
梓も小さく息をつき、リョウの前に座り込んだ。
「基本的な戦闘訓練を受けたけど、あんたにはまだ正面切って勝てなさそうだ」
「…」
リョウは笑みを浮かべながら結っていた髪をほどき、砂の舞う空を見上げる。
「じゃあ、またやろうぜ」
「そうだな…」
梓はそう言い残して立ち上がり、その場を後にした。
「…くっ」
「…」
砂の舞う会場のまた別の場所で、深雪と刀を構えるシズが立ち尽くす。
「深雪…」
「…穏乃、姉さん…!」




