20話 恐怖
「ここまで計画通りに事が進んで私も気分がいいわ」
「なっ!?」
倒れていた刹那の腕が急に動く。その指先から弾丸のようなものが何発も放たれ、椎名は砂の壁を前面に展開しながら後ろに下がっていく。
「くっ、なんだ?」
「これも私の計画のうちってことよ」
刹那の体が起き上がるも、その姿は先程と違いまるで操られているような不気味な動きをしていた。
「まずは一発、撃たせたわよ」
「なんなんだ!」
再び椎名は右手に持っていた詠唱爆銃を刹那に向けて撃ち抜く。だが今度は撃ち抜かれてもびくともせず、刹那は椎名に向けて桁桁と笑い声を浴びせる。
「な…」
「二発目も撃ってくれるのはうれしい計算外ね」
刹那の背をっていた人形の入っているであろう包帯の塊の中から一人の女性と青い糸が舞う。
「さて、第二幕よ」
「伏せろ、深雪!」
深雪はどこからか聞こえてきた言葉にとっさに体をしゃがませる。と同時にリョウに向けて黒い炎が襲う。
「ちっ、まどろっこしいんだよ!」
リョウは放たれた炎を振り払えば黒い炎が放たれた方に向かって自分の炎を放つ。
「絶望の叫び、彼の者を葬り去れ。ディザスターロア!」
リョウの炎は黒い魔力によって完全に消滅する。
「…どういうことだ」
魔力の爆風から姿を現した梓はゆっくりと構えながら深雪の方へ歩いていく。
「てめえの聖字は灼熱。だが今のは炎に見えなかったが…」
「さてな?」
梓はリョウに対して挑発するような態度をとる。
「深雪、お前は別の奴のところに行け」
「でも…」
「こいつは俺の獲物だ」
するとビキビキと梓の目の色が黒く染まっていく。その目は校内戦で和音との戦いで見せた者と全く一緒のものだった。
「…わかった!」
「させるかよ!」
「善なる白と悪なる黒よ」
「なっ」
梓の詠唱を聞き、リョウは両腕で防御の体勢をとる。
「混ざりて消えろ…」
梓の両手に集まった黒い魔力と白い魔力は一つに集まり、そのままレーザーのようにリョウに向かって放たれる。リョウはあらかじめ炎で防御の姿勢をとってたとはいえその攻撃を受け切ることができず大きく吹き飛ばされてしまう。
「はぁ、はぁ。お前の魔法、灼熱じゃねえな…?」
「…リョウ・ティルギウス、お前今恐怖を感じているだろ?」
「…」
リョウの体は震えており、その手には汗が流れる。
「俺が初めてこの魔法を使ったとき、俺はこの魔法をずっと黒い炎を操る灼熱だと思い込んでいた。だからずっと一部の力しか使えていなかったんだ」
黒い炎ではなく、黒い魔力が梓を覆っていく。
「俺はこの一週間基本的な戦闘技術と、自分自身の魔法の本質を見極めることだけに時間を使った。そしてこの魔法の本質は―――恐怖」
「恐怖…だと?」
「そうだ、それがFの聖字」
「こいつの名前はマイスターV2、私の二つ目の人形よ」
「二つ目だと…?」
「私は傀儡氏よ?人形が一つなわけないでしょ?」
「…」
椎名は刹那のその言葉を聞きながらも横にあるもう一つの刹那の人形を警戒しながら構える。
「頑丈な人形だな」
「当然よ、マイスターV2は貴方の攻撃を絶えるように改造してあるのだから」
「なるほどね。認めてやるよ、あんたが計画性のある女であること」
「ありがと」
「でもそれとこれとは違う」
椎名が左手を掲げると砂が渦を巻くように吹き荒れ始める。
「サンドバースト…」
砂は徐々に何かの形を作り上げていく。刹那はすぐさまマイスターV2を自分お前に動かす。
「かかったな」
「えっ?」
その砂はすぐに崩れ去り、対象の砂は刹那とマイスターV2を捕縛する織の形を作り出す。
「でもっ!」
「ふん」
それは一瞬だった。詠唱爆銃が刹那の動かそうとしたマイスターV1で撃ち抜いた。撃ち抜かれたマイスターV1は人形の内部に内蔵された動力炉が破損し、刹那の魔力糸では操作が効かなくなってしまう。
「しまっ―――」
刹那の指先から伸びる魔力の糸が真っ直ぐと砂の中を這っていくv。
「た、というと思った?」
「は?」
砂の中を這って椎名の足元から出てきたのは、先程から刹那の使っている人形と同じ形状の人形だった。
「くそ、だがしかし…」
「そういうのが単純なんですよ」
とっさに椎名は左手の銃を反射的に撃つが、刹那の魔力糸が椎名の腕に絡み付きその銃撃の軌道をそらす。
「な…」
「貴方はとっさにその銃を撃つ癖がある。あなたの持論は確か、切り札は見せつけるものだっけ?」
「くそったれが…!」
砂が椎名の周りを感情を表してるかのように動く。刹那はそれに構わず砂の中から現れた人形を操作する。
「切り札は最後まで取っておくもの、それが私の持論」
動く人形は今までの人形よりもはるかに速く動き、銃で人形を捉えることは出来なかった。
「私の人形、V1は攻撃。V2は防御、そしてそのV3は速さが重点的に強化された人形よ」
「ざっけんな、たかが一年が三体の人形を同時に操るなんて…」
「文字持ちじゃなくても努力で何とかなるのよ、あなたみたいな道具に頼らなくてもね」
「うおぉぉぉおおおお!!!」
椎名は錯乱したように最後の一発を撃つために銃を構えた。
「BAN♪」
刹那のその言葉と共にマイスターV3から大きな音が発せられた。ただの大きい音だったが、錯乱していた椎名はその音を聞いた瞬間に体がビクッとなりそのまま倒れてしまう。
「ふぅ、まあマイスターV3を使うことだけは想定外だったとだけ言ってあげる」
そういって刹那は泡を吹いて倒れている椎名の頭に付いた風船を魔力の帯びたナイフで刺した。




