18話 共有
「私、碧先輩の子と少し見てきますね」
そう和音先輩たちに言い残し私は碧先輩の眠る医務室へと向かう。医務室には試合も見ずに碧先輩を看病するベル先輩もいる。一人にはしておけない。
「わっ」
「おっと…」
少し走り気味なっていたため曲がり角で人とぶつかり、勢いよく尻もちをついてしまう。
「すまない、大丈夫か?」
手を差し伸べてきた女性、金髪のふわっとしたボブヘアーの女性。黒いドレスのような服を着ており、この熱気であふれた会場には似つかない容姿をしていた。
「あ、大丈夫です…」
私は差しのべられた手を握り、立ち上がる。
「あなたは選手…?」
「え、あ…一応」
「そう…」
女性は私のことを数秒眺めてから軽く腕を組む。
「観客席ってどっちかしら?」
「あ、ここの階段を上ってまっすぐ行ったところです」
「ありがとう」
女性は小さく頭を下げてから指をさす階段の方へと足を運ぶ。
「そうだ、試合頑張ってね」
そういって女性は階段の方へ姿を消した。それを確認した私は急いで医務室へと向かう。扉を開けるとベッドで体を起こした碧先輩の姿が目に映った。
「碧先輩、目が覚めたんですね!」
「深雪、心配かけてごめんなさい…」
「いえ、悪いのはトレス校ですよ」
「…私も必要以上に挑発してしまったのも悪いわ」
そういえばあの碧先輩への攻撃のきっかけとなったのは碧先輩が相手の選手に攻撃を仕掛けたからだ。別に攻撃しなくても価値はほぼ決まっていたのに。
「そうだとしてもあれはやりすぎやで!」
そう言いながらベル先輩はさっきから布団を子供のようにポコポコと叩いている。
「そういえば会長の試合は…?」
「あ、今やってますよ」
そういって私は部屋に設置されていたテレビのボタンを押す。
凪木は再び瑞季を左手で抱えながら会場の上空へ高く飛ぶ。
「行きますよ!」
「お任せ!」
凪木の右手には先程と同じく大量の魔力が集まっていく。それと同時に凪木の体から音が観客席にまで聞こえるほどの電気が発する。
「魔法障壁!」
そう叫んだ瑞季の体が青白く光る。
「我が右手に宿るは九鬼門ノ参の証…」
「…っ!?」
「雷の剛腕ッ!」
その拳自体がソーンたちを狙っているものでないと分かったソーンたちは避けるという行動は起こさなかった。いや、それどころか凪木が飛んだ上空には先程の重力捕縛が展開されていた。
「あいつ、何をやって…」
「この電磁波…まさか!?」
「もう遅い!」
一瞬だった。重力が何倍にもなっていた重力捕縛の中で飛んでいる以上落下スピードも何倍にも上がる。その何倍にも上がった落下スピードで凪木は魔力を地面に叩き付ける。その瞬間雷を帯びた衝撃波が会場全体を襲った。観客席は魔法障壁で守られているが、その魔法障壁が大きな音を出すほどの強力な衝撃波。衝撃波に巻き込まれたソーンとシャルティアは雷の中へと姿を消す。徐々に雷が消えていき、体が麻痺して動けなくなった二人の姿が見えてくる。
「考えましたね、雷の剛腕で雷の衝撃波を作ろうなんて」
「あれほどの威力なら可能かなって。それよりも…」
地面に降りた瑞季は自分の腕で胸元を隠す。
「なっきーさっきどさくさに紛れてうちの胸触ったでしょ、えっち」
「んな、そんな馬鹿な…」
「嘘」
「…」
「何、その目は…っ!?」
瑞季と凪木は突然何の前触れもなく倒れる。
「な…んだ、これは」
「電気…?」
全身に痛みと痺れに苦しむ二人に対して、ソーンは大きな笑い声をあげる。
「全く、警戒心がないんだから…」
ソーンは横たわりながら自分の舌を瑞季たちに見せた。
「な…」
そこには「L」と書かれた文字が刻まれていた。
「貴女も…文字持ち?」
「共有、感覚を指定の相手に共有させる。私を倒すならさっさと気絶させるべきだったね…」
そう言いながらもソーンは意識を保つことに精一杯だった。だがその感覚を共有している瑞季と凪木も同じく意識を保つことすらままならない状態でもあった。
「もう少しで…勝てたのに。な…き…」
「くそ…会長…」
瑞季はとうとう意識が途切れたのか、腕の力は抜け動かなくなってしまう。凪木は体を震わせながらもなんとか立とうと腕に力を入れ、身を起こす。
「あんたらよく頑張ったよ、でもな」
「…くっ」
「次はないぜ…」
その言葉と同時にソーンと凪木の意識は途切れた。
「ん…」
「起きたか」
「かず…かのっちょ?」
瑞季の目の覚ました場所は先程まで碧の寝ていた保健室だった。瑞季の横には凪木が眠っている。
「なっきー、よかった…」
「それより試合だが、引き分けになった」
「…引き分けか」
「引き分けってことは次俺らが勝ったらその次があるってことだろ?」
椅子に腰を掛けていた梓が何気なくそういう。
「でも、その次の種目は…」
顔を曇らせていた瑞季に変わるように和音が口を開く。
「その次は相手が負けを認めるまで終わらないですマッチだ、もちろん相手は強力な選手が出てくるだろう」
「な…」
「そう、だから出来るだけそこまで持っていきたくなかったの。かのっちょが出れる試合は一つだから。だから…」
そういって瑞季はフラフラになりながらも体を起こして立ち上がる。
「あーちん、次の試合かのっちょの代わりに出てくれない?」
「…出るなって言ったり出ろって言ったり勝手な会長だな」
「おい梓、口には気を付けろ」
「いいよ、かのっちょ。その通りだから」
だから、と続けて瑞季は梓に頭を下げる。
「私たちに力を貸してください」
瑞季のその行動に場の空気が完全に静まる。
「…条件がある」
「条件…?」
瑞季は頭を上げようとするも体の体勢を崩しかけ、それを和音は受け止める。
「メンバーは俺、深雪、刹那にしろ」
「んな!?」
驚いたベルが無意識の声を上げる。
「…私じゃ不満?」
「そうじゃない」
不敵な笑みを浮かべる琉依に梓は首を横に振る。
「次はチーム戦だ、やりやすさってのを選ばせてほしい。勝つために」
「…」
梓のその姿にしばらくポカーンとしていた瑞季は一瞬我に返ったかのようになり、刹那の方へ振り向く。
「…あーちんよく見てるなぁ」
「どうしますか?」
「…わかった。せっちんがいいならそれでいいよ」
「私は全然問題ないです」
刹那は立ち上がり親指で人差し指の骨を鳴らす。
「じゃあ…」
「梓だいたんだね」
「行くか」
三つめの種目に向けて、三人の一年生は会場へと踏み出していった。




