11話 松井夕希
対校戦、それは年に2回行われる全てのガービアが1位を競って戦う言い換えるなら運動会のようなものだ。そしてその会場は毎回変わり、順番に各校で行われる。今回の対校戦の会場はここ、ユグドラシル・トレス学園で行われる。ガービアの外を出て、他校まで行かなければならないが、それまでの道のりは魔導軍の護衛があるため、少し危険を伴うが、ユグドラシルに殺されたりはしないだろう。
「ふぅ」
澪田深雪はトレス学園に向かうバスの席に座りながらもため息をつく。バスはガービアの外に続く門の前で待機しており、その周りには魔導軍のバイクや兵士が何人か並んでいた。
「どうしたの、深雪ちゃん」
そういってバスに乗り込み深雪の横の席に座ってきたのは訓練科2年で会計を務めている武音碧だった。
「碧先輩…いや、なんかこれ魔導軍に護衛というよりは連行されてるみたいでいい気しないなぁと思って」
「でも魔導軍がいないとガービア間を移動できないからな」
そういって割り込むのは有坂梓。
「しかも今回はあの松井さんが護衛についてるらしいよー」
松井夕希、魔導軍始まって以来の天才。18歳で魔導軍に入り、19歳でユグドラシルを単独撃破。20歳で少佐にまで上り詰め、その後の2年で多くのユグドラシルを狩り大佐にスピード昇進した現在最強と呼ばれる魔導師。
「…あの人が」
バイクのサイドカーに座って待機している黒髪にメガネをかけた若い青年。魔導軍には軍服と呼ばれるものが存在しないため彼、松井は黒いコートに黒いズボン。全身を漆黒でまとい黒い槍型の武装魔導器『鳴神』で戦うことから、通称黒い死神と呼ばれている。
ガタン、というエンジン音とともにバスが動き出す。それに合わせて、魔導軍も後に続いていく。
「…」
『松井さん聞こえてますー?』
「なんだ」
サイドカーで静かに座っていた松井が、通信端末を内蔵したメガネをのつるから聞こえた男、ティオ・マッケンジーの声を聞き耳を傾ける。
『なんか大きい魔力がこっちに向かってます』
「どれくらいで接触する」
『20秒くらいですかねー』
松井は無言でサイドカーに乗せていた鳴神を手にすれば、そのまま立ち上がり槍を構える。
「一年生は運がいいね」
バスに乗る澪田達に不敵な笑みを浮かべながら話しかけたのは風紀委員長を務めており、尚且つ訓練科3年に所属する渡辺琉依だった。
「松井夕希が何故最強と呼ばれるのか。それはあの武装魔導器だよ」
松井は突然サイドカーから飛び降りれば空を滑るように着地する。その目の前には化け物としか呼べないまるで蝶のような生き物がいた。ユグドラシル、このガービアの外をうろつく、今や世界を支配する化け物。
「仕事だ」
一瞬だった。澪田が次に松井夕希の姿が見えたのは、すでに松井祐樹がユグドラシルに一撃を与えた瞬間だった。蝶のユグドラシルの肉体を鳴神が貫き、雷撃が襲い、気づけばユグドラシルは息が絶えたかのように動かなくなってしまった。
「脆いな」
トレス・ガービア、澪田達の住むセプティマ・ガービアからバスで2時間ほどの距離の場所にあるセプティマに比べると少し大きなガービアだ。セプティマとは文化が違い、建物の形や街の雰囲気が異なりすぎて初めてこの街に訪れか彼らにとってはまるで異世界のように感じざるを得なかった。
「さて、みんな揃ってるかな?」
石川瑞季はカバンを地べたに置けばついてきていた澪田達の方へ振り向く。
「ここが対校戦の間お世話になる宿舎だよ、かのっちょとるいるいは一年ぶりじゃないかな」
そこにあったのは少し大きめの石で出来た建物だった。中は広く、部屋も思っていたより多く、広かった。部屋にはベッドが二つあり、二人部屋なのだと一瞬で分かる作りをしていた。
「部屋割りの方は男女関係なしにウチの方で決めさせてもらったから」
「え?」
澪田の反応に石川は不敵な笑みを浮かべる。
「対校戦自体は来週。明日からの一週間、一年生はみっちりしごかせてもらうから」
そういって渡されたのは部屋割りの紙だった。紙には石川以外の部屋割りが書かれていた。恐らく石川は人数的に一人で部屋を使うのだろう。
一号室、あーちんとかのっちょ。二号室、ぶおんちゃんとせっちん。三号室、なっきーとべるたん。四号室、みゆみゆとるいるい。
「おい、これ部屋割りっていうか暗号じゃねえのか」
「許してやれ、瑞季は昔からこんな感じなんだ」
そうやって珍しく和音がフォローを入れた。
「さて、明日までまだ時間もあるし。明日から鍛錬三昧の日だから今日はここで解散。各自残りの時間を好きに使ってくれてもいいから、街見て回ったりとかね」
瑞季の解散という言葉と手をたたく音と同時にセプティマ学園生徒会のメンバーはそれぞれの部屋へと足を運ぶ。
「それにしても澪田深雪さんかぁ、しずのんなんて言うかなぁ」
「深雪を生徒会に誘って対校戦に出すなんて、悪趣味すぎるぞ」
唯一個室の水木の部屋のベッドで寝ころぶ瑞季と、部屋の椅子に座り溜め息をついていたのは和音だった。
「トレス学園には毎回お世話になってるし、それに感動の再開なんじゃないの?」
「…」
「そう険悪な顔しないでよ」
瑞季は苦笑しながら上半身を起こす。
「対校戦、かずっちょも暴れれるんだしさ」
「…姫、俺は」
オッドアイである和音の目の色が先程とは違う色を見せていた。
「俺は、戦うだけが目的じゃない―――」
「わかってる」
瑞季は和音を静かに制止する。
「でも」
そういいながら瑞季は窓の外から見える木の影を眺めながら、言葉を紡ぐ。
「今年の対校戦、いやな予感がする」
「梓、このアイス美味しいよ」
深雪は梓に売店で買ってアイスを食べながら笑みを浮かべる。。
「やっぱガービアが違うと飯も違うもんだな」
「なんでアイスに笹かまが刺さってるの」
深雪の食べている笹かまぼこの刺さったアイスを見てひきつった表情をしながらも、刹那は自分の買ったアイスを舐める。ピンク色のアイスだが苺とはまた違う味のするアイスだ。
「不思議だな、前に戦った相手なのにこんな風にしているなんて」
凪木は珍しく笑みをこぼしながら、茶色のアイスをほおばる。
「明日から気合入れていかねえとな」
和音の野郎をブッ飛ばせるくらい強くならねえと、といいながら梓は拳を強く握りしめる。
「そう、だね」
深雪は首にぶら下げたロケットを見つめ、握りしめる。
「あっ…」
深雪の持っていたアイスは突然宙を舞い、そのまま地面へと落下する。深雪が手を滑らせて落としたのではなく、落とさせられてしまった。
「今のも避けられなくて、対校戦に出るってか?」
金髪、顔立ちは男性だがそれにしても長い髪。後ろで結っていて、セプティマ学園の制服に似た制服のようなものを身にまとっている。男は深雪のアイスに対して何かしらの攻撃を仕掛けたようだ。
「てめぇ、何しやがる―――っ!?」
「おーおー、粋がってるの?」
梓が男にとびかかると同時にそれに対して男はカウンターのように梓の腹にめがけて拳をまっすぐ入れる。まるで引き込まれるようにきれいにパンチが決まると梓はそのまま地べたにうずくまる。
「く…そが」
「負け犬の遠吠えご苦労さん」
「こいつの制服…トレスの…」
刹那がそう口にした。トレス学園、対校戦で毎年猛威をふるっているセプティマ学園のライバル校。
「リョウ・ティルギウス、Hの聖字の使い手」
男、リョウはその場に唾を吐き捨てる。




