表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

女王様、回想する。

 ああ、よい天気じゃ。



 暑くもなく寒くもない、四季のうつろいの比較的はっきりしておる我が国の気候の中ではあまり多くはない過ごしやすい日。

 姉上が城下の視察に出ているからこそ、こうして妾は巫女の正装で聖樹にのんびりともたれることもできる。そのことに感謝せねばならぬな。

 本来ならば姉上こそがこの聖樹の姫巫女、妾は「巫女の素質があるもの」に過ぎぬ。姉上は狭量という言葉とは縁遠い愛情深い方だが、周囲の者はいささか姦しいからの。

 とはいえ、その声も当然じゃ。政教分離の我が国で、「女王が巫女姫を軽んじる行動をしておる」と取られかねない行動は諫められるのが当たり前よ。寧ろ、妾におもねらない者が姉上のそばにいてくれることに感謝するくらいじゃ。……もっとも、姉上に心酔するあまりに姉上の結婚を妨げようとしたり、妾の退位を画策したりするようなものは論外じゃがの。



 本来ならば、どれだけ機会が少なかろうと、聖樹には近づかぬほうがよい。我が国民の心のより所であり、四大魔術師の手からこぼれ落ちる災害を最小限に食い止められる、今は天上に去られた処女神アウロナが残された世界樹の裔であるこの大樹は、その力を最大限引き出すことができるとされている姫巫女のみが触れ、祈りを捧げたほうがよいのは当たり前のこと。

 けれど。

 背中を改めて聖樹に押しつけてみる。いつもの上質で豪奢、国の威信を背負う華やかなドレスではない、薄手の巫女服である分だけ、感じられる樹皮の堅さが心地よい。視線を上げれば重なる葉と葉の隙間からこぼれる光と、何よりここから見える空の色が、とても綺麗で。

 姉上が黙って許してくれるから。

 ここにいる時は、神官たちも近衛たちも、遠巻きに、妾からは見えぬようにしていてくれるから。

 ……妾は、光が眩しいフリをして、うつむき泣くのをこらえることができるのじゃ。



 物心がついた頃だったろうか。

 その日も、空が綺麗じゃった。


「ああ、よかった」


 不意にそんな思いが突き上げた。


「ああ、よかった。空が青くて」


 そう思ったのは間違いなく自分だったのに、強烈な違和感を抱いた後、妾は立っていられないほどのめまいを感じて倒れ、数日間高熱を出して寝込んでしまったのじゃ。

 今思えば、まだ子どもの身で三十路過ぎまでは生きておった人間の情報が一気にかけ巡れば、幾ら「早熟の天才」と後に呼ばれる身であったとしても、まだいとけない身体には容量オーバーであったのじゃろう。

母は倒れた末娘のことなど気にかけず、いつも通り見目のよい男性を侍らせていたようだが、目が覚めた時に城下にいるはずの父上が泣きそうな顔をして手を握ってくれていたことを覚えておる。

 その、妾と同じストロベリーピンクの髪と、男性なのにその色が似合ってしまう端正な顔に、前世の記憶が刺激されてまた調子が悪くなったのはお笑い草なのじゃが。



 そう、妾は転生者だったのじゃ。どうせなら国の発展に寄与できるような専門職であればよかったものを、前世の妾は多少オタク気質の平々凡々の会社員だった。役に立たぬものよと思ったが、この世界が前世の妾が知っていたゲームの世界か、それに酷似した世界だと分かったのじゃ。父上はスチルがあるそこそこ重要な登場人物だったので妾も覚えておったのじゃな。

 前女王である母の、公妾どころか愛人ですらない市井の民。ゲームの主人公、血まみれ女王である妾の唯一の良心である父上。最悪のルートを辿れば、本人に何一つ罪はないのに妾の心を折るためだけに首を斬られ……。

 脳裏にそのスチルを思い浮かべそうになって、慌てて頭を振る。幾ら作り事の中とはいえ、父上のそんな姿などもう二度と思い出したくもないし、ましてや現実になる可能性など片っ端から潰すに決まっておる。

なのに、父上の、姉上の、兄上の、姉君たちの、……母の運命を変えようと努力しても、世界の強制力なのか、妾の力が足りないからか、運命は妾の知る「設定」とさほど変わらずに、これからゲームと同じ時期が始まろうとしておる。


 ―――ああ、この空が地球に繋がっておったのなら。


 勿論、分かっておる。幾ら空が青かろうと元の世界には繋がってはおらぬし、妾はこの国の女王として生きるつもりじゃ。どれだけあがこうとも、結局この現状を選んだのは間違いなく妾自身なのじゃから。

 それでも、時折どうしても妾が知る一番綺麗な青空を見たくなる。

 確認したくなる。

 空は前世と一緒なのだと、もう魂にしみこんでいるかのような光景を、頭を空っぽにして眺めたくなるのじゃ。

 じゃが、そんな時でも頭の片隅で思うことがある。


「空が青じゃのうて、もっと奇抜な色だったら、妾は正気でいられたろうか」と。


 完全にこの世界に「閉じ込められた」と認識し、運命を変えようとあらがっては失敗した現実を受け止めきれずに閉じこもっておかしくなっていたのではなかろうか。

 じゃが、そう思う反面、願わずにはいられない。ひょっとして、奇跡は起こるのかもしれないと。本当にゲームのように、皆が笑い合える大団円にあらがい続ければ辿り着くことだってできるのかもしれぬと。

 ―――そうでも思わないと、これから始まる日々が重苦しすぎる。


 妾、キマダ地方一の穀倉地帯を持つロウリンド国の女王、デフォルト名フロイラ・シスル・ハイ・ジョフェル・ヴァイン。別名血まみれフロイラ。これから、心にもない口説き文句を聞かされまくる予定なのじゃから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ