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名前を下さい 前編

 理彰リショウに背負われる帰り道で理彰が教えてくれたのは、魔法使いと魔術師の違いだった。

 元々魔法使いと言うのは人外で、限りなく人間に近い魔族。一方魔術師は元々は人間。限りなく魔族に近い人間なのだと理彰は言う。

 何より一番の違いは使っている力であり、魔法使いが使う魔法は直接素手で発動させられるのに対し、魔術師が使う魔術は媒介を通さなければ発動させられない上に、性能は媒介となる物によって大きく左右される、大変不便なものらしい。

 私が知っている方士や仙人もそう言った魔法使いや魔術師の仲間で、かの有名な軍師達も魔術師だったのではないかと、理彰は言っていた。

 昔は魔法使いも魔術師も珍しい物ではなかったが、迫害や差別の対象になったこと、混血化が進んだことにより今日こんにちではめっきり見かけなくなった、というのは理彰の話。

 昔はよく見かけられた妖魔が居なくなったのも、そう言ったことが原因になっているのだろう。そう考えると少しだけ、寂しくなる。


 そんなことを話しながら帰ってきた理彰が働くオフィスでは報告書の作成に追われていた。

 今、会社に居るのは理彰と私、それからことりさんともう一人、ことりさんとバディなるものを組んでいるという男性の四人。もっとも、その男性は私達が帰社する前、電話で報告をした直後に資料室に行ったきり、そのまま籠りっきりらしく挨拶もしていないし姿だってまだ見ていない。

「すまん。お前にあちらの世界を見せてやろうと連れて来たが……甘く見ていた様だ」

どうやら魔術師、さかいに組み伏せられた時に脚を擦り剥いたらしい。

 理彰は私の傷の手当てをしながら謝るが、どうしてだろう、理彰が申し訳無さそうにしているのは見ていられない。

「やだなあ理彰、私が一緒に行くって言ったんじゃないですか」

だから気にしないで下さいと首を振り、手当てが終われば理彰の邪魔にならない様、隅の、応接用の椅子に腰掛けて大人しく彼を待つことにした。

 別に理彰が悪い訳じゃない、私がただ油断していただけなんだもの。

 それにしてもあの二人は一体何だったのか。分からないことが多過ぎて何から悩めば良いのか分からない。

 魔法使いに魔術師が一体何の用事なのか、何があったのか、何が目的なのか。ちっとも理解が追いつかず苛立つばかりだからどうしようもない。考えても解らないことは考えない、そう思っているのに知らないことを知りたくて、焦りが出て来るのだから困ったものだ。

 起きた出来事を何度も何度も思い返していると不意に感じる人の気配。それから聞こえたのは

「ダメだダメだ! 資料室なんかに行くんじゃ無かった。どいつもこいつも長ったらしくて読んでらんねえわ!」

という大声で、振り向けば細身の、粗暴そうな男が頭を掻き毟りながら部屋へ入ってくるのが見えた。

「わんちゃん、ちょっと静かに。理彰さん仕事中」

 わんちゃん――ことりさんが呼んだ名は見た目からは想像もつかない程可愛らしいあだ名、どうやらこの人がことりさんと組んでいる男性らしい。

 ことりさんに諌められた男性は、理彰の姿を見て焦った様に頭を下げ、控えめに、どうでしたかと先程の出来事を問う。すると理彰は

「電話で伝えたこと以上は分からん。小娘は探し物があるとも言っていたか。何にせよ次の侵入に備える必要がある」

と首を振って答え、神妙な面持ちでお茶を啜る。

「殺さなかったってことは奴ら、悪人じゃあ無いんすね」

「ああ、奴らは悪では無いが、このままではいかん」

 あそこは人間が入って良い場所ではないのだ――理彰はそう呟くとモニターに向かい仕事を始め、男性もまた、持ち出した資料を読み漁り始めた……が、どうやら彼は集中力が持たない様で、足を揺すり、頻りに水を飲み、書物を読み進めている気配は全く無い。終いには資料を投げ出す様にして舟を漕ぎ始めてしまったものだから、理彰も呆れて帰宅を促すのだ。

大狼おおがみ、もう帰っていいぞ。お前にこの仕事は無理だ。任せるべきじゃなかった」

「ね、寝てないっすよ!」

「俺に嘘は通じない」

理彰の声に男性、大狼さんは肩を揺らして起き上がり、口の端を拭うと首を振って否定するが、理彰にはそんなのお見通し。

 嘘を吐くなと軽く一蹴されてしまい、しゅんと、俯いたまま動かなくなってしまった。大の大人がこのくらいでここまで落ち込むなんて、可笑しな話だと思うが、さて一体。

「……すみません。その、処罰は……?」

俯きがちに口を開いた大狼さんから出た言葉は、処罰――そこまで大事なのだろうか、大狼さんからは並々ならぬ緊張感が伝わってくる。ソファーの陰から顔を出し、二人の様子を覗いていれば、後ろからはことりさんがやってきた。

 私のすぐ隣で私と同じ様に二人の様子を眺め始める彼女に、ことりさん、と一言声を掛ければ、ことりさんはにっこり微笑んでどうしたのかと私に問いかける。

「そこまで大事だとは思えないんですけど、処罰ってなんですかね?」

「ああ、理彰さんは結構偉い人なんです。腑抜けた社員がいるとこうやって罰を与えてるんですよ。罰は減給、笞刑ちけい、流刑に死刑まで、一通りありますけど、どうやって決めてるかは分かりません」

「死刑……」

 一組織にしては不穏な響きに身が凍る。恐る恐ることりさんに目を向けると、まあ見ていて下さいと笑い飛ばして目線を二人に戻すのだ。

 そうして覚悟を決めた様に目を瞑る大狼さんに告げられたのは――

「オフィス内の無料置き菓子を食すことを禁ずる。それからフロアの清掃。どちらも三日、だ」

 無料置き菓子禁止、

 フロアの清掃、

 共に三日――

 くだらない。あまりにも可愛い罰にぽかんと口を開けたままでいると、ことりさんはにこにこと笑いながらこう続ける。

「ね、裏切りや人殺しでもしない限り死刑にはなりませんよ。ちなみに流刑は左遷のことなので特に怖がることはありませんし、罰と言っても大概はトイレ掃除一週間とか毎朝のお茶汲み一ヶ月とか、そんなんばかりです」

「へー、そんなもんなんですね」

「でも今回のはわんちゃん、いえ、大狼くんには結構堪えるはずですよ」

ほら、と言われるがままに二人に目線を向けると大狼さんの体は震え、絶望に打ちひしがれた様な表情で理彰を見つめ、それから抗議の声を上げるのだ。

「そんな殺生な……!」

「妥当であろう」

「せめてビスケットだけでも……!」

「いかん。そもそもお前は普段食べ過ぎなのだ。菓子ひとつに付き百円、会社の金から出ておるのだぞ」

結局大狼さんに対する処遇は覆らず――

 その場で抜け殻の様に立ち尽くす大狼さんを他所に、理彰は再びモニターへ向かい仕事を始め、ことりさんはその大狼さんの元へ駆け寄りハイハイと彼の腕を引っ張りこちらへ連れて来た。

 向かいあったソファーに座る大狼さんは大きく外に跳ねた茶鼠の長い髪が特徴的だった。ことりさんにビスケットを手渡され、生気を取り戻した様に起き上がった大狼さんに一言こんばんはと挨拶すると、彼は眉間に皺寄せ首を傾げながら私を見て、それからしばらく何かを考えたかと思えば、大きく目を見開き一言。

「おお、お前が例の子猫ちゃんか!」

 子猫ちゃん――可愛らしいが非常に失礼な物言いだ。猫であるのは確かだが、私は仙狸せんり、山猫だ。

「子猫じゃないです。仙狸です」

そう返した言葉も、大狼さんにはぴんとこない様で、でも猫なんだろうと欠伸をしながら言われてしまい、話が通じる気配がない。

 訂正して別の呼び方をしてもらおうにも私には名前がない。これでは打つ手がないじゃないかと諦めていると、大狼さんはにっかり笑い手を差し出した。

「俺は大狼おおがみゆうだ」

「はあ……?」

握手、だろうか。おずおずと差し出した右手を掴まれ握られ、大狼さんの顔を見れば、彼はよろしくな、と満足そうな笑みを浮かべている。

「よろしく、お願いします……」

と、どう接して良いのか分からずに無愛想に返した返事にも彼は笑顔。おうよと握った手を上下に振り、それから始まったのは夜の茶会だった――


 テーブルの上に三つ置かれた湯飲み茶碗ととん、と真ん中にあるお茶菓子。後ろのデスクからは理彰がキーボードを叩く音が聞こえてくる。

「私達、普段は外回りばかりなんです」

三人揃ってだらだらとお煎餅を齧りながら話すのはことりさん達の仕事について。

 大狼さんは送り狼という妖怪で、ことりさんとは随分と長い付き合いになるらしい。昔は山で迷った人間に付き纏って遊んでいたのだと、二人は教えてくれた。

「危ない目に遭う人っていうのがなんとなく分かるの。だから危険が迫っている人を事務所に連れてきたり、人間と対立している妖魔が悪さをしていないか、見回りしたり、ね。普段は理彰さんの管轄下で働いてます」

「へー、じゃあ理彰は普段何をしているんですか?」

会社のことは知っているけど、理彰のことは何一つ知らない。

 相も変わらず眉間に皺寄せモニターに向かう理彰を指して問えば、大狼さんがこそこそと小声で、理彰の立場、理彰の仕事を話し始めた。

チャンさんは、この会社や妖魔達の掟そのものなんだ。理が通っていない者や悪事を働く者を罰したり、妖魔同士の争いの仲裁だったりだな」

掟、通りで堅苦しい訳だ。

 しかし、それはそれでお奉行様の様で悪くない。

「時代劇みたいで格好良いじゃないですか」

最近観始めた時代劇の様で格好良い、と大狼さんに伝えると、彼は大袈裟にかぶりを振ってこう答えるのだ。

「残念、お堅いお堅い理彰殿は大岡とは全くの別物だ。理彰殿には人情味もクソも無い。人を裁くことに関しては機械の様なお奉行様だと思ってくれて構わないさ」

 そう言って肩を竦める大狼さん曰く、彼は今まで裁いてきた妖魔は数知れず、槍で突き殺した人間の数も数知れず、情に流されない冷静でいて冷徹な上司様、らしい。

「なんか想像出来ちゃいますねー」

「だろう? まあ、それでも彰さんの判断が間違ったことはないから俺達は付いて行くんだけど……置き菓子禁止は重過ぎるよなぁ……。今回は不測の事態だったから疲れてただけで、普段の仕事はきっちりやってるっての……」

 今回の処遇が気に入らないのか、煎餅齧り、茶を啜り、大狼さんは愚痴を溢す。

 別に大したことでは無いと思うが、彼にとっては一大事で、余程気に入らないのだろう。

「お菓子なら買って来れば良いでしょう? 決まりは決まり、仕方ないよ」

ことりさんはそんな大狼さんに、ポケットからひとつ、ビスケットを取り出し手渡し、まあまあと宥め、諌め、窘めると、大狼さん仕方ねえなと諦めた様にそれを口に放り込んだ。

「確かに、彰さんは堅物で口煩いし厳し過ぎるが、決まりは決まりだもんな」

「大狼くん、理彰さんに聞こえちゃ――」

「既に聞こえている」

 再び大狼さんを宥めることりさんを遮り、私の背後から現れたのは理彰本人。ことりさんと大狼さんは凍り付いた様に動かなくなってしまった。

「あ、理彰!」

不機嫌そうな理彰に仕事は終わったんですかと問い掛ければ、彼は今し方な、と印刷した書類を弾いてひとつ溜息を吐く。

「さて、お前らは随分と好き勝手言ってくれたみたいだが」

「り、理彰さん。聞き間違えですよ」

「そうですよ彰さん! 彰さんのこと尊敬してるって話をしてたんですから!」

ことりさんと大狼さんが慌てて否定しても既に遅かった様で、それから二人と共に、半ば巻き込まれる形で理彰からのお説教を受けることになるのだった――


 酷い、あんまりだ。相槌を打っただけで私まで叱られるなんて思ってもみなかった!

「ひどいです理彰! 鬼! 独裁者! 嫌いです!」

浴びせる罵声にも理彰は涼しい顔。それなら菓子はいらんのだな、と言われてしまえば私も黙る他ない。

「大狼は置き菓子を食った罰。煎餅も置き菓子のひとつだ。青路あおじとお前はそれを止めなかった罰だ」

「そんなの知る訳ないじゃないですか!」

 冗談じゃないと食ってかかるも理彰の前ではやはり無意味。

 もう一度、菓子はいらんなと聞かれてしまい、やっぱり私は黙るしかない。

「小さなことでも決まりは徹底させなければならない。贔屓は出来ん」

仕方あるまいと首を振る理彰は真面目そのもの。これだから堅物おじさんは困るのだ。何も分かっちゃいないじゃないか。

「理彰は厳し過ぎます。泣いた馬忠を斬るなんて古いです」

そう、古臭いのだ。そうして私がしたり顔で返した言葉に理彰は頭を抱え、大きな大きな溜息と、心の奥から溢れる様な、阿呆、の一言。

「それを言うなら泣いて馬謖を斬る、だ」

どうやら言葉を間違えたらしい、私に向けられたのは理彰の呆れた様な視線。

 それから理彰はまたひとつ溜息を吐いて帰るぞと外套を羽織り、ことりさんと大狼さんに目配せすると、付いて来いと手招きをした。

「お前らもだ。帰るぞ。説教ついでに甘味を奢ってやる」


 ありがとうございます――というのは二人の嬉しそうな声。

 戸締りをしてから向かうのは、なんてことない大衆向けのレストランだと言う。

「大狼も青路も今日は疲れただろう。好きな物を頼むと良い」

そんな理彰の言い方は相変わらず冷たいが、それでも理彰はなかなかに面倒見が良い男なのかも知れないと、ぼんやり彼を見ながら思うのだった――

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