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あやかしの街にて 後編

 誰も居ない理彰の職場。オフィスの奥の扉の先、辿り着いた陰気臭い世界の大通りには狐に狸、三つ目の子供など、異形の物が往来していた。

 先日理彰と出掛けた街の様な、随分と近代的なこの世界は、まだ人の姿になりきれていない者、姿を隠すことが困難な者、そして人の世界で暮らすには些か問題がある者が暮らす場所なのだと理彰は言う。

「無論、お前もその中の一人だ」

理彰の口ぶりからして、近いうちに私もこちらの世界に住むことになる様だけれど、店もあるし住む所もある。そして何より皆の表情が活き活きしている。

 なかなかに暮らしやすそうだ。

「へー、居心地良さそうじゃないですかー。もう皆ここで暮らせばいいんじゃないんですかね」

街灯の代わりに松明が照らす道をきょろきょろと見回し理彰に聞けば、それでは意味が無いのだと、彼は首を横に振る。

「あくまで目的は共存だ。それにここは人の世界の一部を切り取って作った世界だ。皆が暮らせる程、広くない」

それは間借りしている、ということだろうか。

 私の頭では理解出来ないことばかりで理彰の話に付いていけない。そーなんですかと曖昧な返事を返せば、理彰は何かを感じ取ったのか、駆けるぞ、と呟いた――


 理彰の背中にしがみ付き、見下げる世界は灰色で、見上げた世界は真っ黒だった。宙を蹴り、空を駆ける理彰は一際高いビルの屋上へ降り立つと、何者だ、と虚空に問いかける――

「へー、女連れかー」

突然現れたのは制服姿の少女。彼女は長い黒髪を風に揺らし、くすくすと笑う。

 そしてその傍ら、物陰に隠れる様に佇むのは若い男。そんなちぐはぐな二人に覚えるのは妙な違和感だった。どうしてだろう、人間の匂いがする――

「何者だ」

「どうだっていいじゃない」

「何しにここに来た」

どうやら侵入者らしい二人に理彰が問いかけると、少女は一言、探し物だと答えるのだ。

「お前らが望む様な物はない。さっさとここから出て行け」

「嫌、探し物だけさせて頂戴」

「痛い目を見たいか」

「それも嫌かな」

理彰と少女の押し問答の中で微かに感じるのは、ぴりぴりとした、不思議な感覚。空気中から髪へと震えが伝わって、毛が逆立つのを感じる。これはもしかするともしかして――

「さっさと帰――」

「理彰だめです!」

 帰ってもらおうかと凄む理彰へ飛んだのは、眩く、激しい雷撃だった――

 しかし理彰は焦らない。まるで先が読めているかの様にひらり、身を翻し初撃を躱すと続く二撃目、理彰の正面から来た攻撃を、宙から取り出した槍で叩き潰す様に打ち消し、不敵に笑う。

「不意打ちにしては随分と緩慢だな」

「理彰……!」

 理彰は怪我をしていない、そんなことは知っている。理彰は強い、そんなことも知っている。けれども駆け寄らずにはいられない。

「大丈夫ですか」

「ああ、平気だ。……青路からは人間だと聞いていたのでな、少々侮っていた」

駆け寄った先にいた理彰は、あれだけの攻撃を目の当たりにして尚、冷静、余裕の表情、口元は歪に弧を描き、まるでこの状況を楽しんでいる様にすら見えるのだから恐ろしい。

「妖術使い……でしょうか」

「変な言い方。魔法使いって言ってよね」

理彰に問い掛ける様に溢した言葉を少女は拾い上げ、私達の頭上で態とらしく肩を竦めて首を振る。

 その間にも、彼女の体は既に次の攻撃の準備を始めている様で、彼女の右手、掌では炎がゆらゆら揺らめいている。

 それなら次の攻撃が来る前に――

「待て、殺すな」

「何を……ッちょっと理彰!!」

耳元で低く囁かれたと思えば構えた体は理彰に抱かれ、風を受けて宙に浮いていた。直後に飛んで来たのは轟々と燃え盛る巨大な火の玉、理彰は私を抱えたまま、それを躱していくつか私に指示を出す。

「殺すな、だが殺すつもりで掛かれ。それから……――」

「……仕方ないですね。分かりました」


 宙に浮くのは理彰と少女。ビルの屋上、地に足付けて私が相対するのは少女と共にいた、若い男だった。

 理彰が私に命じたのは、この男を殺さず、生け捕りにすること。狙うのは腕と足。

 少女よりは弱いはずだと理彰は言っていたが果たして本当にそうだろうか。

 私が得意とするのはひょうや針等の暗器の扱い。しかしあくまでこれは暗殺、不意打ち、護身用。

 並の兵士相手なら正面からでも充分戦える自信はあるけれど、相手が魔法などと言う妖術、方術の様な摩訶不思議な力を使えるのなら……?

 きっと私は圧倒的に不利だ。真っ正面からじゃ当たれない……。

「……貴方も魔法使いなんですか」

じりじり、男に詰め寄り聞いてみるが、男は何かを考える様に一歩も動かず、一言も喋らず、ただただ私を見つめるだけ。

 その表情は焦っているのか冷静に策を練っているのか、私には分からない――

「返事も出来ないんですね」

挑発する様、態とらしく溜息を吐くと返事は私の頭上、理彰と戦っているはずの少女から、返ってきた。

さかいは魔術師。誇り高い魔法使いと一緒にしてもらっちゃ困るかな」

上を見上げれば理彰と距離を開けながら、ひらひらと戦う少女の姿。

 境というのはこの男か、魔術師も魔法使いもよく分からないが恐らく力は似た様なものだろう。

 じりじり、徐々に縮まる距離と、黙ったまま、動かぬ男、境。

 このままでは埒が明かない。ならば私から動くしか無いかと地面を蹴って駆け出して、念じて作り出すのは鋭く尖った鏢だった。

 男の脚、腕を狙って当てれば男は痛みに顔を歪ませ、よろり、揺らめき倒れる寸前。理彰の言っていた通りか、案外簡単じゃないか。

 捕縛するべく距離を詰め、捕まえたと男に触れたその瞬間――私の体は宙を舞い、気付けば地面に組み伏せられていた。

「確保」

「なにを……!」

投げた鏢は間違いなく当たった、深々と刺さったはず、完全に動きを止めるとまではいかないがそれでも十分なはず、なのに――背後から聞こえたのは男の声。

 目の前には冷たいコンクリート。冗談じゃない、魔術師とは一体なんだったのか。

「待ってろ! 今向か――」

「余所見は厳禁だって!」

上空から聞こえる理彰の声、少女の声、そして爆発音。一体何が起きている……?

 詰めが甘いと押さえ付けられ、首を動かし視界の端にある男の脚を睨み付けたが、それが思いの外太く逞しい物だから驚いてしまう。これではまるで兵士のそれではないか。どうにかこの状況を脱することが出来れば……そもそも魔術師とは一体……。

「……貴方は人間ですか」

ぐるぐると考えを巡らせて、口から出た言葉は、人間かどうかを確かめる一言。

「何を急に」

「いえ、魔術なんて言うからもっと不思議で派手なものだと思っていたので、本当に魔術師なのかなーって」

苦し紛れの戯言ぎげんだと思われただろうか、へらへらと言葉を返せば男は律儀に、人間だ、と答えてくれた。

「お前達とは違う。正真正銘の人間だ」

「そうですか」

最終確認として聞いてみたけれど、素直に答えてくれるなんて良い子じゃないか――

 嗚呼、嬉しくてにやけてしまう。

 意味も無く人間かなんて、聞く訳無いじゃない。

 私は仙狸、仙狸だもの。

 精を食らう方法だってひとつじゃない。

「いただきます」

抑えられた腕や脚、体の密着した部分に意識を寄せ、軽く息を吸えば男の体はそのまま私へと覆い被さる様に倒れこむ。

「なにを、何をした……」

耳元で聞こえる腑抜けた声から感じるのは、困惑、情欲、畏怖の感情。可笑しくて可笑しくて、笑いが堪えきれない。

「あはは、食べたんですよ。結構気持ち良いでしょう?」

もっと食べて差し上げましょうか、なんて、そんな言葉も出てくる程に余裕はある。死なない程度に食べてやろうかと今一度口を開き、今度は先程よりも大きく息を――

「境!!」

志麻しまちゃん……」

 ――風が吹いた。私の上から男が消え、体がふっと楽になる。

 私の前方には仁王立ちの、志麻と呼ばれた少女がいて、傍らには腕を抑えた男の姿、そして理彰は私と少女の間で槍を構えて立っていた。

「境に何をしたの……!?」

少女の瞳は怒りに燃えて、視線は私を刺し貫く。

 この感情は嫉妬か何かか、なるほど、なかなかどうして小娘らしい――

 やれやれと首を振って立ち上がり、買ってもらったばかりの服に付いた塵をはたき落として笑ってみせる。

「精を吸ったんですよ。なかなか美味でした」

「化け物……」

そうして吐き捨てられた少女の言葉から感じたのは激しい憎悪の感情。

 別に、全然、今更そんなの怖くも無い。どうぞ好きに恨んでくれれば良い。

「ええ、化け物ですから――」

 それからしばらく睨み合い、少女が

「……また来るから」

と一言告げれば、一際強い風が吹く。二人の姿は消え、高層ビルの屋上には私達だけが取り残されていた――

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