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胎動

 空はどこまでも高く澄み渡り、燦々と降り注ぐ陽光は、今日も大地を力強く焼く。


 朝早くから畑仕事に精を出していた男達は、頃合いを見て一段落を付けた。棗椰子の木陰に腰を下ろすと、びっしょりと掻いた汗を目の荒い綿布で拭う。渇いた身体に潤いを与えるべく、旨そうに水筒の水を飲むと、やがては、たわいもない談笑にと発展する。

 そんな穏やかでゆるゆると流れていた時間に終わりを告げたものは、涼やかな鈴の音と朗々と歌うような女の声であった。


「皆々様へ謹告致しまする。今宵、三の鐘のしばらくのち、四の鐘を鳴らしますゆえ、お聞き下さいましたら大岩屋へと足をお運び下さいまし」


 男達はぴたりと談笑を止め、皆が皆、その場で立ち上がった。ふれを出しながら目の前を通りすぎていく黒装束の女に、男達は恭しく黙礼を捧げる。

 やがて女の姿が遠ざかっていくと、男達は興奮冷めやらぬ様子でまくし立て出した。


「久々に四の鐘が鳴る日が来たかっ! 今代の御読司(おんどくし)様、初の『お読み上げ』だな」

「天上で何をご覧になったのか、今から気になって仕方がないのう」

「俺の可愛い嫁さんがやっとこさ見つかったから、どこぞへ迎えに行って来い! とかだったら良いのによう」

「ははは。違いねぇ」


 三方を広大な砂漠に、一方は美しい海にと囲まれた、慎ましやかな村は、今や蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。程なくして昼の祈りの時を告げる二の鐘が、これらの騒ぎを鎮めるかのように、高らかに響き渡った。


 空が鮮やかな朱と憂いを帯びた紫のまだら模様に染め上げられる頃、夕の祈りの時刻を知らせる三の鐘が村に響き始める。皆が待ちわびていた四の鐘が厳かに鳴り響いたのは、すっかりと日が落ち、空に星々が顔を出し始める時分であった。四の鐘の音を聞き届けると、村人達は老若男女の別なく身体の周りにふよふよと光輝く玉を踊らせて、村の北外れにある大岩屋へと歩いていく。


 村周辺に広がる砂漠には風に浸食され、美しくも奇妙な形をした縞模様の岩が、沢山そびえ立っている。大岩屋もそれらと同じく縞模様の岩山であったが、他の奇岩に比べれば余りにも大きく、まるで小山のように見える。また大岩屋と呼ばれる所以(ゆえん)は、気が遠くなる程の長い年月をかけ、風によって大きく穿たれた横穴がぽっかりと口を開けている為である。大岩屋は村人達にとって心の拠り所であり、大変神聖な場所とされていたのだ。


 集まって来た村人達が、大岩屋の入り口から次々と中へと入っていく。入った先は大きな広間となっており、ここに住む村人が全員が中に入っても、まだ余剰な空間がある程に広い。


 村人達が身に纏わせていた光の玉は、そっと彼らの体を離れれば、大広間をゆっくりと漂い出す。一つ二つと光の玉は増え続け、やがて辺りは昼間のように明るく照らし出された。

 村人全員が中に入りきると、大広間の最奥に造られた階段から村長(むらおさ)と、昼間にふれを出して回った黒装束の女が現れた。


「皆、今宵はよう集まってくれた。それにしても月日が流れるのは本当に早い。先代の御読司様が身罷られて早五年が経ち、今代の御読司様が初の『お読み上げ』をなされる程に……。それでは皆で、しかとご拝聴つかまつりましょうぞ。では、ミウ殿。頼みます」


 村長の良く響く声が大広間にいる村人達に渡りきると、ミウと呼ばれた黒装束の女がこくりと一つうなずき、下りた階段を再び上る。

 この場にいる者達全てが、固唾を飲んで待ち構えた。ややあってから、全身を白一色で固めた少年が、ゆっくりとミウに手を引かれながら階段を降りて来る。


 さらさらと流れる艶やかな黒髪は眉と肩口の辺りで綺麗に切り揃えられ、彩度の高い紫水晶の如し瞳は、辺りに漂う光球を映して光り輝く。身に纏うは、男衆が特別に丹精を込めて育て、女衆が祈りを捧げながら紡ぎ、織り、縫い上げた純白の綿の衣。

 繋がれていない左手には、きらびやかな白銀の長杖を携えて、御年十を数える今代の御読司が、村人達の前にその姿を現した。


 今から行われる『お読み上げ』とは、御読司のみが閲覧する事が出来る、只人には見えざる『天の記録書』と呼ばれる物の内容を、御読司自身が判断し、人々に聞かせる事を指す。『天の記録書』の内容とは膨大の一言に尽きる。遥か悠久の昔から果てしない先の世まで、今までに起こった事、これから起こるであろう事がこと細かに記されていると云われている。また、何をどう伝えるかは、全てが御読司に委ねられており、例えこの先に恐ろしい災厄が起こる事を読み取ってはいたものの、それを人々に全く伝えなかったが為に甚大な被害を(こうむ)ったとしても、御読司が咎められる事は一切無いのであった。


 であるからして『お読み上げ』が行われるという事は村人達にとって、非常に重い意味を持つ。


 大勢の人がいる事を感じさせない程、しんと静まり返った大広間に、少年特有の高さを持ちながらも、あどけなさなど微塵も感じさせない、凛とした声がおもむろに紡ぎ出された。


「太古の世、とある国を破滅しつくした恐るべき兵器『パテスヴェニア』……これを造りし者の一人カジェは、自らが造り出した『パテスヴェニア』によって、その身を業火に包まれて無惨に死んでいった」


 御読司が発した声はそう大きなものではなかったが、集まった村人達一人一人の耳にしっかりと染み渡っていく。


「その後『パテスヴェニア』は厳重に封印されるも、生き残ったカジェの一族は激しい迫害を受け、流れに流れて遂にはこの最果ての地へと辿り着いた。幾つもの時代を重ね、世界がこれらの記憶を忘れ去ろうとも、我らカジェの末裔は祖先が犯した過ちを忘れる事は許されなかった」


 御読司は、一人ひとりを見据え、村人達にとって幼い頃から骨身に染みているであろう村の成り立ちを再確認するべく語った。

 そして……


「今や『パテスヴェニア』の封印は綻び始め、長き眠りから目覚めようとしている」


 一気に喧騒が飛び交い、場が緊張感で張り詰める。すると、すかさず御読司は長杖で大広間の床面を強く突き、硬質な音を立てると、皆、はっとしたように鎮まった。


「これより千の朝と夜を迎えたのち、ここより遥か北の海岸へ『パテスヴェニア』の因縁に絡め取られた者達が、嵐と共にやって来る。彼らの目的は我ら一族の悲願と同じく『パテスヴェニア』の完全なる破壊、及び抹消である。かつての古人(いにしえびと)を凌ぐ程の強大な魔力を宿した者が、今この場に居るという事は、正に天の配剤としか言いようが無い」


 御読司はそう述べると、一人の女性の蒼穹を思わせる瞳を見据えながら告げる。


「ガラシャ・ホーエクに命ずる。時が満ちた暁には、この長きに渡る因縁を断ち切るべく、彼らと共に往きなさい。そして、己の信念に従い、成すべき事を成しなさい」


 複雑に結い上げられた絹糸のような黒髪を揺らし、匂い立つ程に妖艶な佳人、ガラシャが前へと進み出す。


「御読司様の、仰せのままに」


 恭しく膝をつくと微笑を湛えて、ガラシャはそう応えるのであった。



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