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それらすべて不確かなもの  作者: カボチャ
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これは運命なんかじゃない。ただ初期化に失敗しただけ。

因縁やら絆やら、カッコつけた台詞で聞いたと思うけど、それでもまだ聞きたいの?

……そう。なら、少しだけ教えてあげる。くそったれた哀れな男の、その弟の話を。


誉れある大国の辺境領主の次男、それが<私>の弟・ルートディッヒだった。

彼は妾の子で、私達は幼い頃から別々に育てられた。私は次期領主としての勉強と、社交界でのコネをつくるため、毎日毎日家庭教師の先生方に囲まれて……え?アンタの話はどうでもいい?あ、そう。……ルートディッヒが小さい頃何してたかなんて知らないよ。だって私は私で忙しかったし、所詮妾の子だ~みたいな感じで弟のことは認めてなかったし。

ただ……そうね。小さい頃からあいつは優秀だったみたい。隠しててもそういうのって伝わるからね。当然知ってたよ。「ルートディッヒ様はもうここまで進んでいるのに、坊ちゃまは…」とか死ぬほど聞かされたからね。ははっ、もうクビどころか首をはねてやろうと何度思ったことか!だいたいあいつはいつもそうやって私の前に立ちふさがって何度も何度も何度もああ殺してやるこれ以上私の前に現れるのなら殺して殺して殺してころしてころしてころ……………………………ああ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてたみたい。


えっと、どこまで話したっけ?…ルートディッヒが優秀だった、って話ね。そう、それで頭だけじゃなく見た目もよかったの、ルートディッヒは。

波打つ太陽みたいなブロンドの髪に、お父様そっくりのサファイアの瞳。私がほしくてたまらなかったその色。あと領主になるための教育を受けていないはずなのに、私よりも物腰が優雅な男だった。話し方も、独特でね。人を安心させるテンポってのを心得ている男だった。それが憎らしくて何度も影で叩いたっけ。……ああ、ルートディッヒへの暴力は日常茶飯事だったよ。<私>が妻を娶ってからは、大分落ち着いてたけど。


……あ!誤解しないでね。言っておくけど私自身はNO暴力!YES平穏!の一般庶民だから。入学式の日のアレはうっかり前世の記憶(笑)が暴走しただけで。ホント安心して!大丈夫、私暴れたりしないよ!……えっと、それで、ね。


「あれ?これくらいかなぁ?私が言えるルートディッヒの記憶って。意外と少ないものだね。妻についてならこの3倍は言えるのだけど。私が下剋上されたのは聞いたでしょう?過去の<私>は正直いって、ルートディッヒを召使か、サウンドバックぐらいにしか考えてなかったし、だからどうして柏木にこうも執着されるのか、私にはわかんないのよね」

「せやなぁ。俺もそれ聞いて坊ちゃんが何考えとんのか、ますますわからんくなったわ」


あたたかい春の日差しにつつまれた、学園の中庭。

あの入学式の日から2週間。私は何故か、柏木勇人のお守役と名乗る男と昼食をとっていた。


「ってゆーか、長谷川は信じるの?私の話」

「アンタの話、つーより坊ちゃんを信じるんや。坊ちゃんは、ほんまに小さい時から、『兄様がいない兄様がいない』ちゅーて、アンタのこと探してたから」

「え、本当?なにそれこわい」

「せやから、高校あがって、坊ちゃんが満身創痍で運ばれてっても、理由を聞いた時はうちのもんは皆してよかったわぁ、って言ったで」

なにそれこわい。金持ちの思考回路謎すぎる。


あの後。職員室で柏木に手を掴まれた後、私は私として平穏に暮らすという覚悟もむなしく、結局柏木をぼこぼこにして、全治1カ月の怪我を負わせた。

せっかく脱出したはずの職員室に逆戻りし、双方の親も呼ばれて、警察も呼ばれそうになって、これはもう私の高校生活どころか人生も詰んだんじゃないか、と思った時に鶴の一声。


「柏木さん、勇人君からお電話です」


意識を回復させた柏木が病院からかけてきた電話一本で、それまで鬼の形相をしていた柏木の保護者(父親の秘書と言っていたが、随分若い男だった)が、態度を一変させた。

起訴やら示談100万やらと恫喝していた男が、にっこりと笑って医療費だけでいい、その代りこれからもうちの坊ちゃんと仲良くしてやってくれと頭を下げたのだ。

殴られた方が殴った側に頭を下げるという珍事態に、私を含め皆慌てた。

なんやかんやと丸く収まった(というか秘書が無理やりおさめた)のだが、それからというもの家族からは腫れもの扱いだし、柏木のお守役にひっつかれるし……


「あ~もう、くそったれ……」

「うわ、口悪いなぁ、気ぃつけや」

「うっさい、長谷川には関係ないでしょ」

「あるから言うとるんや。アンタは未来の柏木夫人になるんやから」

「はぁっ?ちょっと、何いって」


「兄様っ」


長谷川の背後から近づいてきた、痛んだ金髪をみて慌てて目をそらした。

うげっと喉まで出かけた台詞をぐっと押し込める。

このお守役は、とにかく『坊ちゃん』を溺愛しているので、迂闊な真似をすると小言が五月蠅いのだ。


「兄様、遅くなって悪かった。パン買ってきたけどいるか?あ、長谷川。兄様と何話してたんだ?余計なこといってねぇだろうな」

「なんも大したことゆーてへんよ」

「ならいい。兄様、今の兄様は甘いもの好きか?うぐいすパンとカレーパンとどっちがいい?それともやきそばパンとかのほうがいいか?そうだ、お茶も何種類か買ってきたんだ。兄様の好きなものをとってくれ」

「…いらない」

「そうか?今の兄様は小食なんだな、あと兄様」

「なに」


手元に突然影がさした。疑問に思う間もなく顎をつかまれて、無理やり上に向けられる。

柏木勇人と目があった。黒よりも、青に近い紺色の瞳。<私>の弟・ルートディッヒを思い出させる、淀んだ暗闇。


「ちゃんと俺をみててくれ、兄様。でないと」


ぱしんっと乾いた音がして、柏木の頬をはたいてしまった自分に気づいた。

長谷川が意味深に微笑んでいる。柏木は何故か満面の笑みを浮かべている。ヤダ、この男達。


「いいぜ、兄様。兄様が叩きたかったら叩いても。殺したかったら殺しても。その代りちゃんと俺の方みててくれよ。じゃなかったら、寂しいだろ?」


いやいや殺してくれちゃぁ困るなぁっと、長谷川がぼやく。

長谷川の意見は聞いてないと柏木が返して、無理やり長谷川と私の隣に身体を割り込ましてくる。


それらを全て五感の遠くで認識しながら、果してこの男は『私』の名を知っているのだろうかと、どうでもいいことを考えた。


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