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まじかる、美少女、ちさぽん

「え――?」


 今、今の声は。

 聞き間違うはずがないのに、聞き間違って欲しいと思う。矛盾する願望。けれどディアボロはそんなものはお構いなしに、眼前に右手をかざして。

『まじかるらじかる☆いあーる、むなーる☆うが、なぐる☆ディアボロを駆るまじかる美少女ちさぽん今、ここに参ッ上ぉー!!』

 右手で横ピース、キュピーン!!

 そしてヂアボロの真紅の左目が一瞬消えてまたついた。ウィンクみたいに。

『ともたんあれ妹だろ!!』

「ち、っちちちちがうわしししらない人よしらないわ」

『――え、お姉ちゃ、ん?』

 その時確かに世界が凍った。

 チサトはただちょっとした出来心で一度くらいやってみたい決め台詞をやってみただけなのによりにもよって相手が憧れのお姉ちゃんでギギギギィィと何もしていないのにディアボロの機体が悲鳴を上げる。

 アンジェラはアンジェラでホノカはとてもじゃないけどまっすぐ前を見れないし、さすがのシンドウもこの姉妹にいったいなんといっていいかっていうか片方自分のパイロットだし、あー!!

『忘れようぜ…何もなかったんだ、何も』

 ホノカのしらない声――ヤクシジの声に従って、誰からともなくうなづいた。アンジェラのコックピットからはいつかきいた『オーイエー』オーディエンス達の声。

 ただそれに納得できなかった人間が一人だけいて。

 ブン、と回線がまわされ、側面のあたりに通信ウィンドウがポップアップ。TV電話みたいなもの?とホノカは100年前のハイテク技術にびっくりしつつ、そこに移る妹の顔を見た。

 MLUの、黒を基調に金のラインが入った軍服を身に纏ってはいるけれど、いつか誕生日プレゼントにあげたストールを今もしてくれている。久しぶりに見るチサトの顔。

 ホノカと違う…黒っぽい茶色の髪をしたおかっぱ頭。

 髪は綺麗に整えられているし、顔色や肌は健康そうでまずは安心。

 けれど、その瞳は涙で濡れて。

「さよならお姉ちゃん、お姉ちゃんを生かしておくわけにいかなくなったの――!!」

「ちょっとそれあんたの所為でしょーが!!」

 ドゴゴゴゴッ!!

 とミサイルポッドから射出されたミサイルランチャーに咄嗟にシールドを張ろうとする――のに出ない。

「なんで!!」

『叫ぶんだ!お前の意思が形となるから!!』

 なにを!?と叫ぼうとしたホノカの眼前に、青白いウィンドウがポップアップ。

「叫ぶの!?」『叫べ!!』「えっちょっ恥ずかしいんだけど『やばいやばいあたるあたる!!』あーもーやるわよ!!」


「イクセプト、セレクトォ!!」


 ブォン!!と透き通る炎の壁が円を描いてホノカの周囲を取り囲み、ボゴゴゴゴゴォン!!とミサイルが炎の壁にぶつかり爆発する。

 すごーい!!と思わず感動するホノカ。

 ただし視界はミサイルの爆煙でまっくろで、とりあえずはバックして状況を確かめる事にする。

『いいか、イクセプトセレクトは一種類の攻撃を無効化する。斬撃、爆撃、銃撃の三種、防げないのはレーザー光線。わかるな?さっきまでは対銃撃だった、今は対爆撃だから銃弾を防げないぞ』

「とりあえず銃弾は防げないのね!?」

『オーイエー!!ついでに一度戦闘が終わるまで指定変更はできないぜ』

「微妙に役立たず!!」

『おま――!シールドって結構すごい技術なんだからな!?』

 とぎゃあぎゃあ二人はわめきながらひたすら後退。ミサイルが雨あられと降り注ぐせいで後退しても後退しても視界が晴れず、一体いつまで続くのよ、と思わずホノカが呆れた瞬間。

『ともたん上飛べぇぇ!!』

 シンドウの絶叫。

 え?と、シールドに守られて油断していたホノカはそれに反応することができず。

 チュドンッ!!

 夜闇を貫く紅の閃光がアンジェラの右腕を吹っ飛ばす。

『いっでぇええええええ!!右腕破損、根元から逝った!!』

 ぞわ、と背筋に冷たいものが伝う。

「馬鹿チサ!!本気!?」

「戦場ですよお姉ちゃん!!」

 ズドドン!!

 銃声。ガィン!!と音がしてアンジェラの脚部が打ち抜かれる。

『損害率40%やばいぞ!!』

「わかってるわよ、あぁもう、ライトニング、チェインッ!!」

 ドシュン!!と左腕から雷の鎖が駆け抜けていくが、脚部を打ち抜かれバランスが崩れた状態の所為で狙いが微妙にずれていた。

 ズドン!!と巨大なハンドガンで撃たれた弾丸がアンジェラの右わき腹あたりにヒット。

『――ッてぇ!ここまでくると俺は修復に専念しかできないからな!!』

 シンドウが叫ぶ。真っ赤なポップアップウィンドウが気体の損害状態を報告する。あたった場所で無事なのは腹部のみ。

 けれどそれをみなくてももう機体が限界だということはホノカにもわかっていた。

 機体に意思が通じるのと同様に、不思議と機体が悲鳴を上げて泣いているのが、ホノカ自身にもわかったから。

「けど、だからって――」

 今日乗ったばかりだし。

 なんかもう色々わけわかんないし。泣きたくなるのはこっちも同じで、

 それでも。

 それでも、諦めようとは思わなかった。

 MLUとは戦争になりそうで、それで両親が犠牲になるかもしれなくて、そして目の前に妹がいて、妹の前で情けないトコをみせたくなくて!!

 言うべき言葉が何故かわかった。

 まるで、機体がシンドウくんのように"それ"を叫べと、言っているよう。

 どの道他に打つ手はなくて、ホノカはその 瞬間(とき)覚悟を決めた。

 戦うという覚悟を。

 このアンジェラと一緒に、両親と妹を救うまで戦い続けるという覚悟を――!!

「アアアァァァァックロス!!」

 ホノカが叫びながらハンドルバーに力をこめる。上半身を押し込むように全力で!!

 ガゴン、と音を立て、段差のように奥へスライドするハンドルバー。

 そのガゴン!!という音がする毎、アンジェラの機体青白い光の脈拍が速度を増して、アンジェラの翼がより強く、強く輝いていく。

  機体(アンジェラ)が左の拳を握る。雷の鎖は既に消えているその拳を。再び構えて握りこむ!!

「ザ!!」

――ドクン!!

 世界がスローになる。飛来する弾丸すら止まって見えるほどの遅延。

「ホライズンッ!!」

 バシュンッ!!

 その遅延した世界をアンジェラが駆け抜ける。 スクリュー軌道(マニューバ)で弾丸を回避し、残像すら残しながら、ディアボロに反応さえも許さずに、

 ドゴォン!!

 どてっぱらを、ブチ抜いた。

 ぜっ、ぜっ、と荒い息をどうにか落ち着けようとしながら、どうよ!!と左手のウィンドウで慌てふためくチサトに中指を立ててみせる。

「お姉ちゃん下品!」

「うっさい!」

 と。二人が仲良く| 猫とネズミのコメディアニメ《しまいげんか》をしている所へ近づいてくる2機の反応。レーダー範囲ぎりぎりの、いまはまだ気にしなくともいい距離のはずの――

 気づいたのはシンドウとヤクシジの両名同時に、

『チサト!!』

『ともたん!!』

 ただし反応はチサトのほうがはやかった。「っ!!」バーニアを吹かしディアボロが空に上がり、「ちょっとチサト!!」と追いかけようとアンジェラが動いた。

 ドン!!

 その。

 一瞬前まで2機がいた場所を、銃弾が通過する。

 ディアボロはそのまま空へ舞い上がり飛んで行き、「次は倒します!」なんていいながらどこかへ消えた。

 追おうとして、やめる。

 MLUの軍服を着たディアボロのパイロットなら、多少の敗北があったところで、姉がアンジェラに乗っていたとして"まだ"咎や人質にされる心配は少なくてすむとおもったから。

 少なくとも――両親よりは。

「外れちゃったー」

「よけられたね」

 ぴこん、とポップアップする画面に、二人の少女の顔が映る。少女。10代前半の幼い顔。

 よく似た顔の二人の少女。女の子らしく髪を伸ばした、金髪の。

 無邪気に微笑む少女と気弱そうな少女。ベールこそないが、彼女達に合わせた小さな純白のウェディングドレスに身を包み、一人は楽しそうに笑いながらぱたぱた手を振って、一人はすこしキョドつきながらペコりと頭を下げた。

 気弱そうな子のほうが妹だろうか。少し幼いイメージが強い。

 どっちもいきなり銃をぶっぱなすようなヤツの反応じゃないわよね…と若干人間不信のようなものに陥りつつあるホノカは置いてけぼり。

「いまからそっちにいくから、まっててねー」

 水平線の彼方。小さな点ほどの大きさの機体が徐々に近づいてくる。

『くそ、遠すぎるな時間かかるぞ。信号は――民間企業!?』

 ピ、とその小さな点のあたりに四角いウィンドウが浮かび上がり、それがいくつも重なって拡大された映像が表示されて。

 嘘。

 思わずホノカとシンドウは絶句する。

 機体名Saiga。全高は21m、平均的なARが25~30m程だから、比較的小さなサイズのソレ。

 ばかげてる。あの距離からの狙撃だなんて――それが例えばスナイパーライフルによるものだったならまだしも、ハンドガンでの狙撃だなんて。

 そう――ぱたぱたと手を振っていた少女の、薄緑色をした機体がもっていたのは二丁の"ハンドガン"。解析データが表示されるが、その情報は紛れもなく単なる巨大な銃であり、あの距離からの発砲でありながら一切の誇張無し。期待に今アンジェラがやっているような拡大機能はあるかもしれないが――それでも単なる人間の 射撃(ぎじゅつ)であると告げている。

 彼女の機体は不思議な形状だった。三角形を多用したフォルム。武装も異常だ。ハンドガンが八丁。半分が実弾、半分がレーザーを発射するものらしいけれど――ハンドガンを八丁。

『打ち尽くしたら格納して再装填の間残りの銃で――ってことか?』

 そんなの…普通あり得ない。ライフルだとか、スナイパーライフルを付けたほうが汎用性が段違い。

『後武装っつったら足元に向かって打つガトリング?おいおいおいおい、わかったぞ。あれは"変形する"んだ』

「はぁ!?」

「せいかーい!!」

 少女が水色の瞳を細めて、きゃっきゃとはしゃぐ。ガション!!と機体の形が変わる。三角形――つまりは、翼だ。

 先ほどまで人型をしていたはずのその機体は、紛れもなく飛行機の形状をとって、バヒュン!!とこちらにむかって速度を上げる。

 その加速にもう一機は形状を変えずついてくる。

 いや、そもそもそちらは変形をしないタイプなのだろう。

 藍色の機体。フルフェイスの兜のような形状の頭部と、ポニーテイルのように垂れさがった何か。足と同じ位置まで伸びた腕。バーニアの噴出口が腕にまでつけられている。

 戦闘機に変形した機体より小さくて――けれど、腰に提げられたふた振りの剣が特に異常。この距離でもわかる、アレの大きさの異常さは、ピ、と表示されたデータでより明確にされた。

 機体名Sasaki。機体全高15m、武装は腰の刀2本のみ、刀の全長は30m――全高の2倍。

 斬る。

 それのみに特化して、特化し尽くしたような形状。

『わかってる、お前らロマンをわかってる!!」

 イーハー!!とやたらと興奮するシンドウにホノカは若干引き気味。正直ホノカ的にはサイガのほうはともかくとして、ササキのほうはいっそ悪趣味にさえ映るんだけど。

「っていうか、それで民間企業があたし達に何の用なの?いきなりこっちに銃撃してきて」

 ふわ――、と光に包まれて、アンジェラの機体の修復が終了する。丁度その頃、民間企業を自称する2機はアンジェラの前に止まり、刀を持つ機体が徐に海中へと飛び込んで。

「合歓泰からのスカウトでーす!」

「…スカウト?」

 ざぱぁ、と刀の機体が海から上がり、大事そうに、両手で先ほど吹き飛ばされたアンジェラの腕を抱えていた。



 [>




 彼女らは合歓泰――この国で尤も知名度の高い軍事企業――の関係者だと名乗った。

 もうその時点で確かに、そんな予感はしていたのだけど、案内されたトリノイワクスというらしい超巨大潜水母艦にアンジェラを入れ、コックピットを降りると、ウェディングドレス姿の少女に人々が群がり、少女はそれらの書類に目を通しながらてきぱきサインしていく。

 ホノカはごそごそとコックピットに這い戻り、小声で言う。

「シンドウくん、あたし今超ピンチか超ラッキーのどっちだとおもう?」

『すげぇ難問だぜ』

 くくく、と楽しそうに笑うシンドウ。

「人事じゃないでしょ!!場合によってはシンドウくん…っていうかアンジェラだってバラされたりするかもなのよ!?」

『あーそれはほら』

 ちょっと離れてて、とシンドウが言って、不思議に思いながらホノカはアンジェラから離れる。もうちょっと、もうちょっとーと指示が飛び、なんだなんだと人が集まってきて、

『あ、それくらいでオッケー。動くなよー。んで。もしもアンジェラに触ろうとするとだ、こうなる』

 アンジェラが一人出しに動き出し、この時点でその場にいた全員が唖然としたのに。

 ズラァ、と。

 腰の剣を抜いて、地面にそっとつける。バターのように斬れる装甲。

『アンジェラ絡みの質問は一切受け付けないから。メンテも自分でやるからホノカ以外一切近づくなよ』

 ごくり、喉の音が鳴る音が響く。

 あー、そういえばアンジェラの開発者って凄まじい天才でそれと同時に世界を敵に回すような人だったなぁ、とホノカとその場にいた多くの人間が思った。

「っていうか床とか斬って、大丈夫なの!?なんか重要なコードとか」

『ははは、トモたん、俺を誰だと思ってんの』

「誰って、シンドウくんでしょ」

『…シンドウくんどんな人?』

「えっ、なんか…変な人…」

 アンジェラの周囲に噴出しのような例のウィンドウがたくさんでてしょんぼりマークが表示される。

 というかそのたくさんのウィンドウ群がしょんぼりマークを模っていた。

「無駄に手の込んだ…っていうかここコックピットでもないのにどういう原理!?」

『うむ。ポケットに小型端末を仕込んどいた』

 言われてポケットを探ると、黒い棒みたいなものが入っていた。

 棒の上に青白いホログラム――ホノカにはホログラムという事もホログラムという単語の意味もわからないが――で人の姿が浮かび上がる。

 天才科学者…ARの開発者。ホノカはそれであんまり清潔感のない白衣を着たぱっとしない男を想像していたのに、

 美形だった。黒系の髪と細長く直線的なフレームの眼鏡。にぃ、と笑う笑顔は正直下品だけれど、黙っていたらびっくりするくらい気品というか、貴さを感じる顔。

『なんだ、ともたん惚れたか?ん?』

 本当に。しゃべりさえしなければ…。

 ぐぐぐぐぐ、と手に力を入れるがやたらとその端末は頑丈だった。

「おねーさんこっちきてくださーい」

 と、少女がホノカの腕を引く。その少女の反対側に、ウェディングドレスの裾をつかんで少女の妹がちょこちょこ走ってついてきた。

「な、なに?」

「けーやくけーやくでーす」

 喋る姉と、こくこく。うなづく妹。

 さっきから書類にサインをしたり話をするのは常に今喋った子で、対照的にもう一人はちっともしゃべらない。

 そんな姉妹に連れられて廊下を行く。通り過ぎる人たちが皆一様に敬礼するのがなんだか居心地悪いなーとホノカは思った。

「なんで女の人ばっかないの?」

「ARは女好きだからー。アンジェラのパーツが侵食を終えるまでに男を近づけないで置くと、完成時のスペックが格段にあがるんでーす」

『そりゃーそうだ。触られたり調べられたりするなら女の子に限るだろ?』

「あんたね、機械にそんなの関係…あれ?」

 ホノカは途中まで言ってちょっと考える。通りすがりの研究員がまさかねーあははーと乾いた笑いを浮かべているけど、でもよく考えたらARの大本ってコイツが作ったものなはずで。

 問い詰めようとしたものの、丁度姉妹が部屋の中に入っていくところだったのでそちらを優先することにした。

 潜水母艦なのに木製のドア…かと思いきや、金属の板をそれっぽい形にして色を塗っているだけらしい。

 よくみれば、研究室なども似たような処理を施されており、女性が多い民間企業ならではの配慮なのかもしれない。

 やたらと豪華な室内。桜の花びら模様の白とピンク色の絨毯と、真っ白なソファー。机はプラスチックだろうか、透明で、机の下の大きな花の意匠が透けて見える。全体的に温かみのある白い室内でひとつだけ、ちょっぴり浮いた感じのする木の机と社長椅子。

「趣味悪いですよねー?でもこれだけは置けっていわれててー」

 ぶつくさいいながら少女はその社長椅子にぴょん、と飛び乗り、机の上のノートPCをカタカタ弄る。

 この年でなんか偉そうな地位にいる!!と驚愕するホノカ。紅茶を差し出しながら、無口な方の子が不思議そうにホノカを眺めて、思い出したようにちょこちょこ走ってPCを操る少女の裾をひっぱった。

 それから小声でぽそぽそと。

「そういえば自己紹介がまだでしたー、失礼をお詫びさせてくださーい」

 ぺこり、とわざわざ椅子から降りて、二人一緒にお辞儀をする双子。ホノカも慌ててお辞儀する。

「姉の 合歓泰 夜(ネムタイ ヨル)です。この子は(アサ)。私は13歳、アサは12です。まぁご想像通り御曹子ってやつですねー」

「あ、あたしは端乃鞠軍事学校二年の大智 仄火です。えーと…まぁなりゆきでアンジェラのパイロットやってます」

「存じてまーす、お互いアレな両親をもちましたよねー」

 と。ヨルは言って再びPCに向かった。

 ヨルの言った言葉にホノカは首を傾げるが、名前のことかなーと思って流しておく。

 ホノカって名前は可愛いのに、正式な場で使われる「仄火」って漢字はちょっと…かなり女の子っぽくない、っていうか人間につける名前じゃないと常々思っていたので。

 目の前の夜と朝も苗字がアレなんでギャグでつけてみましたみたいな名前だし。

 っていうかウェディングドレスは脱がないのか。正直、一人の女としてウェディングドレスを着れるというのはちょっとイイナーと憧れるけれど、それにしたって普段着としてはあり得ないほど邪魔だろう。

 そうして、しばらく。

 ジージジーと音を立ててプリントされる一枚の紙。

 それをヨルは確認して、「あれー?あっれー?」と首をかしげてPC画面を見る。「あれー?」

『それが最低条件だ』

 突然ホノカのもっていた機械端末からシンドウが言った。

 さっきつくったばかりの契約書を、印刷するまでの間にクラックして書き換えたらしい。

「無茶ですー」『何言ってやがる、俺の腕で利潤は十分出るだろ』「ばれてましたー」てへぺろ。『くそう可愛い!!許す!!』「じゃぁ元の」『それはNG』「ぶー、じゃぁ20年後に合歓泰の技術が常識的トップレベルになる程度の技術提供を約束くらいはしてくださーい」『それまでホノカが生きていたらな』「それは普通こっちが言うべきセリフですよー」『きにするな、あとアンジェラに対する…』

 ぎゃーぎゃー。

 13歳と100年前の人間の交渉ごとを途中からホノカは意識から追い出した。なんだか途中でホノカにかかわる物騒な事をいわれていた気がするけれど、どうもシンドウくんはあたしをアンジェラを保護するついでくらいには大事にしてくれるらしいしそもそも10代で責任能力なんてないはずの少女でしかないので契約にかんする細かな部分はちっともわからない。

 なのでせいぜいホノカがしていたのはあー、紅茶おいしーとか思いながらお茶請けとして出された甘いマカロンを食べつつまったりくつろぐくらい。

 アサという喋らない少女もホノカの向かいのソファーに座って、ちびちびとマカロンを食べていた。あぁ可愛い。同じ年下ならこんな少女でいてほしい、とかホノカは思った。

 4つも年下なのにあんな敏腕だと年上の威厳がかなり危ういので。

乗り(コールし)ますかー!?」

『よし 乗った(コール)!!』

 二人の話し合いはいつの間にギャンブルになったんだろう。ホノカはもう冷めた視線を向けるのみ。

 ヨルはホノカの座るソファーの向かい…アサの隣に腰掛けて、契約書を差し出した。

「じゃぁ契約でーす。目を閉じてくださーい」

「なんでよ…」

 といいつつ目を閉じるホノカに、ちゅっ、と。

 ヨルがキスをした。

 勿論唇。

「…え、ちょっ」

「はーい、あとここに、拇印なんてないでしょうから親指を朱印につけて代用してくださーい」

「じゃなくてあたしのファー…今なんでキスしたの!?」

 ファーストキスでしたかー、と嬉しそうに言うヨル。ずるーいずるーい俺も俺もー、と端末でぴょこぴょこ跳ねるシンドウにゴン!!とホノカは拳をたたきつけてから、

「いやだからなんで!あとそんな軽々しくキキキキスとか!!」

「大丈夫ですよー、アサとホノカさんとあと…まぁ男の人にはしませんからー」

 にっこにこ笑うヨルは紅茶を飲んでまったりしていたアサのあごをおもむろに掴むとぶちゅぅ。

 ディープキスだった。

 ヨルはアサの顔が真っ赤になってとろけていくのをじっくりたっぷり見せ付けて。

「ね、普通ですよー」

「いやいやいやいや」

 アサが顔を真っ赤にしてくらくらしてるし。涎たれてるし。手を振るホノカなど気にも留めずに、

「まぁともかく、これでホノカさんは合歓泰所属のパイロットです。これからざっと20年ほどよろしくおねがいしまーす」

 ホノカ、就職内定のお知らせ。

 合歓泰に就職したって言ったらきっとみんなから羨ましがられるだろうけど、これでいいきはしなかった。

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