夕焼け、少女、白銀天使
※この小説は完結の見込みが非常に薄いです
※この小説のほとんどは説明になってしまいました。
※この小説は大規模設定変更による大幅加筆修正が行われる場合があります。
「シンドゥォォォッ!」
「ヤァクシジィィイイッ!」
向かい合う二人は、己の"作品"を背に、
「「俺の、勝ちだぁぁぁぁぁッ!!!」」
吼える。異口同音に吼え、そして二人は再び唸り声のようなものを上げながら額をぶつけて犬歯をむいて睨みあった。
校庭に集まった生徒達は、彼らの背にある”作品”を見上げながら、ため息をつくばかり。
今度は何を作ったのか。それが、生徒達の大半の感想だ。
二人が入学して間もない頃は、確かにわいのわいのと騒ぎ立て、二人の作品を採点し―――勝敗を賭け財布に恵みと飢えを感じさせたこともあった。一年生の間では、今尚賭け事の話も聞く。が。
それにしたって。
再び、生徒達は"ソレ"を見上げた。
彼らの前には、巨大な"山"。シンドウ ヤグサの背にあるソレは、5m程はあるだろう。黒く、ところどころ崩れそうで―――ゴミ山といわれても寧ろ納得してしまいそうなモノ。
対するは。
魔王の城のような、所々煙突らしきものが飛び出した、黄色い山。こちらは、8m程か。中央に何故か電子レンジが鎮座する謎の城は、色が色だけにやたらと目立つ。
なにせ、黄色。黄色いペンキをこれでもかと塗りたくったような黄色。派手といえば聞こえはいいがひたすら悪趣味。
そうして、ズカズカと教師が校庭にやってきて、
「もっとまじめなものを作れぇぇぇぇッ!!!」
ごん、という拳骨の音は二つ。二人仲良く、頭を抱え、
「なにをう、これは世紀の発明だぞ石橋」
「そうだぞ?こうしてよ、レンジの中にボールペンを入れてタイマーセット」
ヤクシジが胸ポケットから古びたボールペンを取り出し、レンジの中にいれ、スイッチを押す。ゴゥンフゴゥン、と言う音と共に城が揺れる。煙突がしなる。悲鳴を上げて生徒が逃げる。
チン、と高らかになる音とともに、ビカーァン!!と眩しい光が電子レンジから溢れ出し、誰もが眩しさに目を覆い…。
城の揺れが収まって。
生徒達の動揺も徐々に収まる。
「見よ、これぞっ!エネルギーの完全抽出!」
そして、黄色い電子レンジの中には――何も無かった。
「くっくっく、甘いぞヤクシジィ!」
「何だとシンドォ。この俺の世界初を侮辱するとは何事だ!?」
いやっつーか結果的にボールペンなくなっただけだろ、と何人かの生徒が心の中で突っ込んだ。
「これを見ろ!有から有なんてのは時代遅れだよヤクシジィ!!時代はまさにエコロズィーッ!無から有、神の如き発明を俺は、今ここに完成させたッ!」
シンドウの背後。ゴミ山のようなそれは、ぴくりとも動かない。ちゅんちゅん、と山のてっぺんにとまったスズメが鳴くばかり。
視覚こそできないが、しかし、二人の発明は確かに成功している。
ただそれを…活用する術がないというか。
エネルギーというものはいったい何か。
それは例えば熱であり、光であり、風であり…様々なものだ。
科学的な細かな説明は脇においておいて、つまりそれらは眼に見えるものとは限らない。
例えば二人が生み出したエネルギーがそれ。
計器などで計測するなり、なんなりすれば実際にどんなエネルギーとなったのかはわかる。
例えばそれが風だったなら、ヤクシジヤグサの計器の前に発電用の風車でも置いておけば立派な発電機構となる。
が。みえない。
そして。
「お前ら、何のための作品を作っているのか分かっているのか?」
「どうした石橋、ボケたのか?」
「そうだぞ、何のためのってそれは勿論―――」
ぴ、とヤクシジが指差す方向。学校の正門には、巨大なアーチが作られて、「技術祭へようこそっ!」という巨大な看板。ライトが明滅したり、何故か巨大な時計がついていたり、その時計が開いてくるっぽー、と鳩が飛び出したりはしているが。
つまり、ここ、科学技術学校では、技術祭と呼ばれる生徒の作品の展示会のための作品作りを行っていた。
こりゃ、無理だよなぁ。生徒達は、三度シンドウとヤクシジの背後のソレを見上げる。
子供、泣くだろ。これみたら。下手をするとトラウマものなシルエット。
「何故だ石橋っ!再提出だと!?」
「ぷじゃけるなよ!?」
喚く二人、頭を抱える石橋。今日も今日とて平和な一日。
「なぁ、何処が悪いんだ?ヤクシジのこの趣味の悪さか?」
「ほざけっ!!シンドウのバランスの悪さだろうがっ!」
「だから見た目をもっとマトモに結果が見てわかるようにしろぉぉぉっ!!」
む、と二人が顔を見合わせて。石橋は、ようやく安堵のため息を漏らした。ようやく、伝わったのか、と。深い、深いため息だった。主に疲れと安堵の。
「成程」
「よし、ヤクシジ。次回のテーマは"アレ"だな」
「うむ、して評価基準はどうするのだねシンドウクン?」
ふ、とシンドウが笑う。何か、とてつもなく嫌な予感がして石橋は戦術的撤退を開始した。見ざる聞かざる喋らざる。
明日からしばらく休暇を取ろうと決心しながら。
「愚問だな、ヤクシジクン。見た目、大きさ、実用性」
「同じ考えのよーだなシンドウクン。題材は」
「当然だろ、ヤクシジクン。題材は」
「「ロボットだ!!」」
そして数日後。石橋が休暇をとってくだびれたスーツで温泉旅行に行っているころ。
ゴォォォォォォォッ!!!!
学園に悲鳴が響き渡る。が、それらは総て爆音によって飲み込まれていった。
なにせ、規模が違いすぎる。
校庭に、腰を抜かす生徒達の前に、頭上から現れたソレ。
モデルは人間、というよりも悪魔か。所々金色のラインが入った漆黒のボディと蝙蝠の翼。歪な角と深紅の瞳が眼下を見据える。
太く、逞しい腕や足は力強さとその強度を感じさせ、トゲトゲしいフォルムが見るものを畏怖させる。
武器は両腰のハンドガン――にしては銃身がやや長い銃と、同じく、両腰から太腿にかけてのミサイルポッド。そして、肘の先。一見すると唯の装飾だが、取り外しが可能なライフル。
内部に格納してある武器は別として、見て分かる類の物はそれくらいか。
とにかく、でかい。多分全高4、50m近くはあるだろう。この学園はこれでも最近立てられた近代的――なデザインだけが先行した、技術の伴わないぶっちゃけ不便さばかりが目立つ――大きな建物だが、それにしたって精々20mといったところ。それでもでかいとおもっていたのに。
生徒達が唖然とする中を、背中と足から深紅の光を噴出し、ゆっくりと着地。
胸部のコックピットが開き、中から姿を現す、趣味の悪いアロハシャツと金の髪をなびかせた男。
「どうだシンドウッ!この俺様の最高傑作、ディアボロスはっ!」
そして高笑い。生徒達はもう唖然と言うか呆然と言うか、とにかく。
こいつ、こんなもん作って世界征服でもするつもりか?
しょうもない理由でこいつならやりかねない。だって 約師寺 弓真と 新堂 八草はそういう奴だから。とそこまで考えたところで背筋に寒気が走った。やばいコイツ止めないとマジでやりそう――満場一致、どうにかあいつを説得しようとして生徒達が口を開けたところで、
――ィィィィン!!
のわーっとかきゃーっという悲鳴をまたも飲み込んで"ソレ"は、飛来した。
白銀のボディ。二つの瞳は青に輝き、背中から延びた 鎧の肩部状のバーニアから、鳥類の翼のように淡く青白い光を放出して飛ぶ"ソレ"。
それは、まるで天使のようだった。
ディアボロスと対極といっていいだろう。
曲線を主とした純白の鎧。足や腕もスマートで、ディアボロスを「剛」とするならば、こちらは「柔」。
"あちら"の半分ほどの大きさしかない。装飾も翼を模ったものが多少ある程度で、フォルムは洗練を極めた美しさ。
そう、それは猫に似ていた。スマートな猫の肢体に。猫の手から人間の指を生やして、ウエストを女優のように美しく絞ったよう。
腰に、金の装飾を施された青の鞘。上空にて、天使は抜剣し、切っ先をディアボロスに向ける。
鏡のように美しい剣。刃が景色を映すほど。
天使の胸部が開き、黒髪と何故か燕尾服をこちらも風に靡かせながら、彼は得意げに口を開く。
「グラマラス…っつー名前を考えてたのにな。そっちが 悪魔ならこっちは 天使と名乗ろう!!」
「くっ、余裕だなシンドウちゃん」
「当たり前だ。俺の勝ちで満場一致!武器といえば剣!その時点で俺の絶ッ対勝利だっ!」
「はっ、頭大丈夫かシンドォッ!!武器といえば銃!!俺の完全勝利なんだよォ!!」
わーわー!と二人はその馬鹿でかいロボットのコックピットにいながらレンチとかドライバーを投げ合いながら争った。
ディアボロスとアンジェラ。
この時点で…いや数百年たった後にも結局解明に至らない金属でできた"兵器"。
当時の人類は動力を蒸気から電気へと切り替えたばかりの技術レベルであるはずなのに、明らかなオーバーテクノロジー。
二人の天才ぶりを全人類に知らしめ、慄かせた世紀の発明。
けれど。
二人にとっては、武器はオプションでしかない。見栄えと、ロボットって言えば戦闘だろ、という、"戦闘に使う物"であって、"戦闘のために使う物"ではなかった。
要するに、彼らの思考の中でカッコいい=でかくて強くて、それらを組み合わせていった結果できた物。
だからこそ、彼らはロボットで戦わず、口と工具類でケンカをしていた。
ただ。世界と彼らとでは視点が違っただけのこと。
そうして戦争は始まって。文字通り世界大戦となったそれは、結論だけ言えば、たった二年で、瞬く間に終結した。
何処の国、ではなく。先に述べた2機の勝利という形で。
マンガの中だけだったよくわからない原理のシールドが、レーザービームが、追尾ミサイルが実物として襲う理不尽。
彼らに対して世界は物資を徹底的に流通させなかった。
石油も、パンも、水も、米のたった一粒も。
にもかかわらず、彼らは戦い続けた。
最終的に、彼らは月に基地を作っているというトンデモ話まである始末。
農家を襲った、という話は聞かない。誰かが陰でうわさした。あいつらはもう死んでいて、亡霊となって戦っている。
10年経っても20年経っても人類は二人の天才の技術に追いつけず。
大地は荒れ、多くの人が死んで、人々が2機を畏怖し、恨み、憎み―――忘れ去っていく。
"誰が戦争を起こしたのか"
"何故彼らが戦いを始めたのか"
そして、あるとき2機は姿を消した。
結局、二年も戦って、仲のパイロットの姿を見たものは最初の数ヶ月の間だけ。
何故姿を消したのかさえわからないまま、彼らの消息は以後も知れず――これは、それから100年後の物語。
[>
夕焼け色に染まる、町外れの公園。公園の南側には森が広がり、逆に北には町並みと、町の中央にそびえるおおきな巨木。
その公園で、真っ赤な髪を後ろで小さく纏めた少女が、一人ブランコに揺られていた。
つりあがった目尻と、小さなポニーテイルは活発さを感じさせ、露出したうなじからは色気も感じる。
色気と、 活発さ。相反する二つの魅力を併せ持つ、17歳…特別な年齢。
ただ、彼女を包む高等学校の制服が――軍事色のする制服が、彼女の悲しげな表情が、彼女自身の華やかさを奪って。
キィ、キィ、と。ブランコは寂しげな音を立てる。
少女は無言。公園は彼女を除いて人は無く、だから、この公園は静寂に包まれていた。
キィ、キィ。
子供達の姿は無い。町外れの、寂れた公園。
――あそこにいけば、助かる道があるんです
あの子の言葉は、今も耳を離れない。
――この病気も、治るんです
その、チサトの必死な叫びに。どうして、答えてあげられなかったんだろう。
彼女の妹はかつて手術を控えた身で。けれど、妹はそれを恐れていた。
彼女の家族は、手術――決して成功率の高くない、それに縋るより他に無く。
チサトは自らの意思で家を出た。
MLU――月光連合。その名にあるとおり、月が本拠地の、 地球と長く冷戦状態にある国へ。
MLUの歴史はそう古くない。かつて二人の天才が基地を作ったという場所なのだが、少なくともニュースでは何もなかったと報道された。
ただ、どうやらあの天才二人ははるか昔に確かに月に降り立っていた形跡はあったそうだ。
最初は秘匿されていた情報だが、
地球の廃棄物の処理場、つまりゴミ箱として使用され、ゴミとして捨てられた人々が作った国とされている。
今やそちらのほうが技術レベルが高いというのは皮肉な話であるが、つまり冷戦の原因は今でも地球人が 月人を軽視し差別する事が原因で。
嫌われても、仕方ないとは、思う。
思うけど。
――ゴォォォォォォ
「慣れって怖いわよね」
呟いて、彼女は爆音のする空を見上げた。
人型の兵器。シンドウとヤクシジ、両名の世界的犯罪者によって作られたあの2機を基に作り上げられたロボット。
新堂 八草の作った機体をベースにした機体。
天使を模る電子。
故に| 濁点《Voice Sound Symbol》――VSS。
約師寺 弓真の作った機体をベースにした機体。
悪魔を模る道具《Device》
故に ICE。
ヴイエスエス、アイシーイー。この二つを纏めて、ARと呼ぶ。
VIとかならともかく、何故ARなのか。不思議と、その理由だけは知られていない。
また一機、森の方角からARが彼女の頭上を飛んでいく。
けれど、飛んでいくだけだ。
この国を纏める朝井代表は平和主義者であり、世界的に珍しい月との友好関係を目指している。
つまり、この機体は友好条約――へのまず一歩、不可侵条約を結びにきただけの。
また一機。
そう、これに護衛される母艦に乗って。
彼女の妹、チサトは月へと旅立った。友だちも、家族も、故郷も捨てて。
「考えてても、仕方ない、か」
呟いて、彼女はブランコから立ち上がる。
キィキィと名残惜しく音が鳴る。
落ち込んでいても何にもならない。家を出て行く知里を。引きとめようと思えば、引き止めることなど容易かった。
それでも彼女は引き止めなかったから。引き止めることが出来なかったから。
――さようなら、今までお世話になりました。
そう言って、チサトは出て行った。呆然とする、彼女と彼女の家族を残して。
引き止めることが出来なかったのは、きっとあたし達が臆病だったせい。可能性の低い手術。地球を憎むMLU。どちらも、信用なんて出来やしなかった。どちらも、諦めきることはできなかった。
だけど、もう…どうにもならない。チサトは地球を出て行ってしまったんだから。
「チサト、せめて幸せになりなさいよ?」
だから、せめて彼女は夕焼け色の空を見上げて、呟いた。無意味なんて事分かってる。それでも、せめて誰より好きだった妹のために、祈りくらい、捧げたい。もう2度と、会えなくたって。
ズガァァァァン!!!
「――え?」
突然の爆音、そして猛烈な爆風が押し寄せて、彼女の髪をめちゃくちゃにする。
呆然と、顔を上げて。発信源の方向へと首を巡らせる。
――燃え上がる町。夕焼けよりも、尚、赤く、紅く。町は燃え上がり、黒煙を昇らせる。
「―――え?」
不可侵条約は?だって、あれはそれを結ぶためにきたはず、なのに。
呆然とする彼女を置いて事態は進む。頭上を光が通過して、着弾、爆発。標的にされたビルが崩れる轟音。追うようにARが頭上を通り過ぎていく。
そうして、あたしはようやく気付いた。軍事学校に通っているのに、ようやく。
条約を結ぶためだけならば。なんで、武装なんかしなければならないのか。
ARは、銃と近接武器、どちらをメインの武装にするか、そして機動力を求めるか火力を求めるか。それら総合して、大まかに二種類に分けられる。
そして、頭上を飛んでいくのは、ICE。"制圧戦に主に使われる機体"
もとより、条約を結びに来たなら、ARは母艦の周囲を飛ぶだけのはず。母艦に乗る国の代表を守るため、機動力のあり汎用性の高いVSSが運用される。
ICEが使われることはないとはいえないが…護衛役が護衛対象の元を離れるなんて、本来ならありえない。
人が、逃げてくる。
人波に流され始めた頃、彼女は思い出したように自身を取り戻し、
「お母さん…!」
町へと駆け出す。
そう遠くなんて無い、走って、二人を探して、それから、それからっ!
纏まらない考えのまま、逃げてくる人の波に逆らって、もみくちゃにされながら、それでも進む。
勿論、その進みは遅々として、一向に進めないけれど。それでも。
人波の中、ふいにつかまれた腕を力任せに振りほどこうとして、思ったよりも強いその力に思わず怯えた。
「離してっ!」
「ホノカっ!何処へ行く気だ!」
ヒステリック寸前の大きな声。けれど返ってきた返事に彼女は振り返り、張り詰めていた表情を緩ませた。
「お父さん」
当たり前だが、彼女の両親二人も逃げていた。どちらがイレギュラーかといえば、町に戻ろうとした彼女こそがイレギュラー。
「逃げましょ、あの森なら、きっと――」
森。その単語に、それでみんなこっちに逃げてきているんだ、なんて彼女は今更ながらに自体を把握しはじめる。
彼女の住む町は、大都市というほどの規模ではない。
国家の代表の住居があり、あくまで友好条約を目指す…その姿勢のために条約の締結場として選ばれたものの、どちらかといえば田舎にあたる。
当然防空壕等のシェルターも多くは無いため、町の住民はせめて姿を隠せる森へと逃げているのだ。
わざわざ森を焼くメリットはない事。そして、森は町から近く、すぐに助かる場所があるという目論見が人を走らせる。
きっと、そう油断したのが間違いだった。
安堵が、安心が彼女――ホノカの体の力を奪って、足が縺れた。押し寄せてくる人並みに背中を押され、こける。
立ち上がろうとするたびに、人の波がそれを邪魔する。
何とか立ち上がると、人の波に流される両親が見えた。必死にこっちに来ようとしてるけど、それはさっきのホノカと同じ間違い。
「行って!あたしもすぐ行くから!」
ホノカがそう叫んだ途端、また転ぶ。あぁ、もう鬱陶しい!立ち上がろうとして、少し膝が痛んで彼女はうずくまる。
膝には擦り傷。そこまでたいした傷ではない。けれど、人の波はあたしを気にもかけずに、一目散に森へと駆けて、
ズッッッガァァン!!!!!
「―――――っ!!」
ホノカは悲鳴を上げたはずなのに、轟音で消し去られた。さっきとは比較できないくらいの爆風。
無様に地面を転がって、どうにか顔を上げる。
それだけの動作で、体中が痛む。歯を食いしばって、痛みに堪えて――目の前でうめく男性が、父親だと気がついた。
「お父さんっ!」
揺する、けど、目を覚ます気配は一向に無い。
土を被った服。少なくとも、血が流れてない。ホノカはそれを確認し、ほっと一息をついた後、多分、血を見てたらあたしはパニックになってたろうなー、なんて思いながら周囲を見回す。
燃え上がる森。倒れる人々。近くには、ホノカの母親もいた。二人を揺する、揺する、けど、起きる気配は依然ない。
分からない、唯の脳震盪?それとも、何処かの骨が折れてる?
彼女は確かに軍事学校に通っている。だが所詮は学校、応急処置の仕方など一応習いはしたものの、それはあくまで| マネキン相手の応急処置訓練
もしも致命的な怪我だったら――そう思うと、確かめる勇気なんて一介の学生には持てなくて。
だから、いけないと理性ではわかりながらただ必死に二人を揺する。
ゴォォォォ……
頭上をまた、ICEが通過する。
「う――」
「お父さん?」
ホノカの声が届いたのか、彼女の父が目を覚まし、その表情を苦悶に歪ませる。
「ホノカ、逃げ、ろ――」
「だけどっ、お母さんも起きてな―――」
「逃げろっ!」
きっと。声を出すのも苦しいはずなのに。それなのに、ここまで大声を出して。
怖かった。
なにが怖いかは分からず、ただ漠然と恐怖だけがあった。
ARの、あの圧倒的な破壊力?
死ぬ事?
それとも、これ以上家族を失うことが?
分からない、分からないまま。
ホノカは、無我夢中で走り出していた。
なんで、こんな思いしなくちゃならないのか。
なんで、逃げなきゃいけないのか。
なんで、両親を置いてきたのか。
何一つ分からずに。
唯、がむしゃらに走り続けた。
走って、走って、走って、走って。走りつかれてもまだ走って。
たどり着いた先――大きな、とても大きな木があった。
夕焼け色に染まりながら。まるでここだけ別の世界のように。
どっしりと、夕焼け色の巨木がホノカの前に聳え立つ。
なんて滑稽。炎に包まれる森から逃げて、気がつけば、町の中央。ARが頭上を飛び交うその危険地帯に向かっていた。
「どうして―――」
木の正面まで、どうにか歩いて。ホノカの体力はそこで尽きた。立っていることさえ、できないくらい。
木の表面に手を突いて。
「一体、なんなのよっ!」
叫びに応えてくれる人なんて、居るはずも無い。
いるはずも無いのに、それでも叫ばずに入られなかった。叫ばないと、もう、心が折れてしまいそうだった。
『戦争、だな』
「え―――?」
どこか、くぐもった声。小さくて、何処から聞こえてるかも良く分からない。
ただ。
戦争、なんて一言でかたずけられるのなんて、どうしても嫌だった。
「ふざけないでよッ!!」
だけど、私にできることなんて無い。心の何処かでその言葉を肯定すらしながら――彼女は泣いて、木の表面を叩きつける。
それこそ、子供みたいに。
けれど、それがホノカに出来る精一杯。
『じゃぁ、お前はどうしたいんだ?』
「あたし?」
あたしがしたいこと――。
ホノカは一瞬考えて。考えるまでもないとでも言うような口調で。
「あの日みたいに―――」
脳裏に蘇るのは、チサトがいた、あの日。チサトの病気もそのときは酷くなくて。家族みんなで過ごした、日常。
小さな声しか出なかった、それが。
どうしようもなく嫌で。
「前みたいに!平和な世界で、みんな、家族一緒で!」
無理やり、声を出す。
やりきれない、思いを込めて。
「笑ってたいだけよっ!!」
『――いいだろう』
え?
と思わず彼女は巨木を見つめた。
彼女の背後からミサイルが飛来し、見えない壁にブチ当たって爆発する。
彼女の髪が爆風に煽られて、けれど彼女に一切の怪我を負わせずに。
『平和が欲しいんだろ?』
巨大な木が、突然。向こう側へと傾いでいく。ミシミシと鈍い音をたて、数秒後、地響きとともに完全に倒れ。
あたしの目の前の地面から、ピシピシと亀裂が広がっていく。
地面が盛り上がり、そして、巨大なソレが上半身を起こす。
その、頂上近く。二つ、 藍い輝き。
『お前の手で掴み取れ。力は俺のを貸してやる、"俺"に乗って、世界を平和に導いてみろっ!誰でもない、おまえ自身の手で!』
土塊がぱらぱらと落ちる。下半身は地面に埋まったまま、ソレが ホノカを見下ろした。
プシュー……
蒸気とともに、胸部のコクピットが開く。ホノカの目の前、まるでホノカを招き入れるかのように。
『それが、俺からの要求だ。さぁ、どうする?』
言われるまでも、無い。
目の前のこれが、どれくらい強いのとか、なんでこんなところに埋めてあったかなんて、分からない。けど、もう分からないことなんてありすぎて、一つや二つ気にならない。
「いいわよ、やってやるわよ!操縦方法なんてまだ習ってないわ!教えなさい!経験なんて無いけどっ!それでも、やってやるわよっ!」
『いー返事だ』
開いた胸部装甲を、コックピットとの橋にして渡る。
実を言うと、ここまではホノカは経験済み。
現存するARというのはそもそもディアボロとアンジェラの破損パーツから構造を予想して作ったもので、今でも解析不能な部分が大多数のまま稼動している。
わかっているのは自己修復機能――パーツの一部を剥ぎ取ってなんらかの機械にくっつけておけば、時間はかかるが剥ぎ取った元のパーツに近い形まで修復される…というよりある意味乗っ取る機能――がある事。
それからどういうわけか女の子しかパイロットになれない事。
基準があいまいで予測でしかないのだが、何故か美少女或いは美女限定でパイロットとしての資格がある。
この女性以外は乗れないという資格を持つ男性はたった二人だけ――つまり、開発者のシンドウ ヤグサとヤクシジのみと言われていて、ARのパイロットが軍人にKitty――子猫、と称される由縁はそこにある。パイロット達自身は ARKという略称を名乗っていて、KはKnightだと主張しているが。
ともかく、資格とは単純なもので、コックピットに乗ってARを起動できるかどうかというものであり、それがどれだけ人をコケにするような機能であっても、それを呑んでも圧倒的すぎる戦力を保有することは間違いがない。
彼女が軍事学校に通っていたのは、つまり希望しての事もあったが、美人だからという理由が主なところ。
拒否権は確かにあるが、彼女は妹の手術費用が欲しくて。
そしてそれには、軍事学校に入学することによる福利厚生はあまりに魅力的だった。
だからコックピットに初めて乗ったあの日。資格アリと認められたあの日に、ここまで…経験済み。
真っ暗なコックピット。座席があったから、おっかなびっくり座ってみると、同時に胸部装甲が閉じた。それだけで、視界がゼロになる。
何にも見えない。どれくらいの広さか、とか。それすらも分からないくらいに。
ブゥン――と、何かの起動音。
コックピット内部を、縦横無尽に青白い光の線が走って―――消える。一定のリズムで繰り返されるそれは、まるで脈拍のようで。
『お前の名前は?』
「ホノカ。 大智 仄火よ」
『OK~、っと。んじゃ、専属パイロット登録開始。網膜スキャン、指紋、DNA。体格、骨格、ALLARve。―――完了、当機はこれより美坂仄火を専属パイロットとします』
最初の方はあまりにも人間らしく、けれど専属PTとかは何処までも機械的な口調で。
Aiか何かなんだろうか。機体の中で音声が聞こえるということはそうなのだろう。
それよりも、ホノカはその言葉の中に聞き捨てなら無い単語を聞いた。
「アンジェラって!?」
シンドウ ヤグサの作った機体!?悲鳴のようにホノカが叫んだのと同時、真っ暗だった視界が、急激に開けていく。
目の前にバイクのハンドルのようなレバー。視界は視界は360°のパノラマで、座っているはずの座席が見えなくなって不安になる。
『ん?バイク好きか?』
「なによ、悪いの?」
『いんや。いい趣味だ』
ガクン!!と腰が突然突き上げられて、ホノカがひゃう!?とか悲鳴を漏らす。
着地。気づくとバイクと同様のフォルムの座席があって、さっきの操縦桿らしきレバーもバイクのハンドル位置にある。
『こっちのほうが馴染みやすいだろ?』
「それはそうだけど。でもバイクじゃないんだからどう操作するのよ」
『気合だ!!』
「嘘でしょ!?」
怯えながら慌てて周囲のものを確認する。
ハンドルはかなり力をこめると奥にスライドする。力を弱めると強力なバネのような力でぐぐぐ、とこちらに戻ってくる。なんで。
ホノカは周囲を見渡すが、スイッチらしきものは見当たらない。バイクのメーター類があるべき場所に何かレーダーみたいなものと、右ハンドルにブレーキレバーがついているくらい。
ホノカが試しに右のハンドルバーを回せば背中のバーニアから光が溢れるあたり、凡そはバイクに忠実らしい。
ただあくまで凡そであって、 セルスイッチも キルスイッチもない、ついでに左ハンドルにあるはずのクラッチレバーが見当たらない。
変わりに、右ハンドルの親指を伸ばせば届く位置にボタンをみつけたけれど、ホノカの本能が押す前に告げた。
(これたぶんミサイルとか出るヤツだ)
勿論押さない。
というかこれだけじゃ…動かないでしょ。
増して行くホノカの不安などおかまいなしに、パノラマの視界が急激に黒で覆われて狭まって、巨大なフルフェイス越しの視界のようになっていた。
ご丁寧に、ミラーのあるあたりには側面と背面の映像が。
っていうか、ICEがこちらをみてマシンガンみたいな銃をものすごい連射していた。
見えない壁――つまりはシールド?――に当たって、一発もあたらないけれど、普通に不安。
『俺と機体が必ず応える、俺を信じろ!!』
「出会った初日で!?」
『オーイエー!!』
高らかな歓声。しかも明らかに シンドウの声以外も混じってた。
ヤケクソになって、まずは立て!とか念じながらウィリーをするようにハンドルを引くと、本当に機体が立ち上がる。
『改めて、自己紹介だ。俺の名前はシンドウ ヤグサ、よろしくトモたん』
「なによトモたんって!?」
『何って、ニックネーム。さて、と。それはこっちに置いといて』
「ちょっと!」
『迎撃するぞ?』
その一言で、目が覚めた。
――そうだ。
あたしは、そのためにこの機体に乗ったんだ。
それは正しく決意の瞬間。ハンドルを握る手に力がこもる。
そう、もし本当にそれが出来るなら、悪魔にでも魂を売ろう。
『オーライ、いー覚悟だ。だったらまずは決め台詞だ、ぶちかませ』
突然、まじめな声になってシンドウが言った。
決め台詞?
一瞬考えて、脳裏に最悪の映像がよぎる。
「え、ちょっとまって、アレしかしらないしやりたくないんだけど」
『なんだよアレって』
「アレ…くそ、わかったわよ!!いくわよシンドウくん!!」
シンドウくん?ホノカは一瞬、相手を人間のように呼んだことに対し疑問を抱いて…うん、まぁ無駄に人間ぽいAiだし、なんだかAiって気がしないしまぁいっか、と即座に思考を投げた。
「いいわ、目にモノ見せてあげる」
おう!と応えようとしたシンドウの言葉を遮るように…
「まじかるらじかる☆いあーる、むなーる☆うが、殴る!!」
叫んだ。
そして万感を込めた横ピース。
顔を真っ赤にしながらホノカが叫んだ!!叫んだ叫んだホノカが叫んだ!!
いい年して妹がハマっていた魔法少女のアニメのヒロイン、変身シーンの決め台詞を!!
『ないわー…それはナイわー』
「ちょっ、決め台詞言えっていったのシンドウくんでしょ!?私これしかしらないわよ!!」
『いや目にモノ見せてあげる!!で完璧決まってたし』
「うそ…え、ちょっとまって、やめて!!忘れて!!いやー!!」
ホノカの叫びが木霊する。その叫び声に呼応するように。
白の天使が地面を飛び出し、その姿を夕焼けに晒す。
きらきらと夕焼けを反射する機体は、背中のバーニアから青白く、翼のように光を放ち浮遊した。
白銀の天使が、100年の眠りから覚めた瞬間。
『いいからさっさと始めるぞ!』
「――あぁもうわかった!わかったわよ!!」
夕闇の空に、白銀が舞い上がる。