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三月企画「卒業と恋愛」

卒業と恋愛「寮生活」@久藤

作者: 久藤雄生



 ぼくは憂鬱な気分で自室の鍵を開けた。ぼくの通う高校は初等部からのエスカレーター式で、中等部からは希望者のみ寮生活が出来る。もちろん男女別の寮だ。残念ながら。そしてぼくは(もちろん支払は両親だが)高い寮費を出し、二年の途中からこの個人部屋で過ごしている。それももうすぐ終わる。

 入ってすぐの簡易キッチン脇、小さな冷蔵庫に貼ったカレンダー。卒業まで一週間。溜息を吐きながら冷蔵庫を開ける。牛乳を取り出し、パックのまま飲み干す。行儀が悪いことは重々承知、だけど面倒くさいのだ。

 卒業なんてしたくない。

 いや卒業はしたいけど、このまま寮に住んでいたい。

 今住んでいるのは高等部専用の寮なので、付属大学に進むと自動的に追い出される。大学は大学で寮が用意されており、近ければ実家からでも、一人暮らしでも良い。

だけど僕はこの寮、この部屋に住んでいたかった。できれば一生。

 寮の個人部屋で一番グレードが高く、もちろん寮費も一番高いこの部屋。簡易キッチンと、ユニットバス付き、希望者は洗濯機まで設置可能、ネット環境も万全、防音完備、勉強部屋兼寝室もかなり広い。

食堂利用可能、共同大浴場もあり、そして通学時間も徒歩五分という好環境。門限が面倒だが、それは県の条例があるのだから建前としては仕方がない。

 色々考えているとお腹が減って来た。そろそろ晩御飯にしよう。

 再び冷蔵庫を開ける。

 肉じゃがのタッパーと白和えのタッパー、わかめときゅうりの酢の物のタッパーを取り出した。肉じゃがのタッパーのみ、レンジにかける。ぼくはこの豚肉の肉じゃがが大好きだ。冷凍庫から白米を取り出す。これもレンジへ。

 コンロの上にある鍋には味噌汁が入っているので、温める。あとはお茶を用意してテーブルに並べれば晩御飯の準備は完了だ。本当はこれに焼き魚をつけたいところだが、面倒なのでやめておく。そもそも魚の用意をしていない。

 食べながら、日記を書く。晩御飯の献立と感想、食べたいもの、必要なもの、今日あったこと、新しい予定。この日記はほぼ毎日書いて、ずっとテーブルの上に置いたままにしている。すぐに読めるようにするためだ。

 晩御飯を終え、シャワーを浴び、ベッドに横になる。図書館で借りて来た本を読みながらのんびりと過ごす。シーツからお日様のニオイがする。まぁお日様と言っても死んだダニのニオイらしいが。

 夢がない。

 本を読んでいるうちに眠くなって来た。明日は登校日だからもう寝てしまおうか。ぼくはゆっくりと目を閉じた。




「おはようございます」


 食堂のおばさんたちに挨拶して、席に座る。朝御飯は寮の食堂で食べることにしているのだ。洋食か和食の二択で、本来はセルフサービスなのだが、朝一やぎりぎりの時間に来ると持って来てもらえる。

手を掛けさせてしまい、申し訳ないと思いつつも、ぼくは毎日朝一番に食堂にやって来る。


「今日はどっちにするかい?」


 おばさんが大きな声で問いかけてくる。大きなマスクをしているので若干くぐもった声なのだが、よく通る。


「洋食でお願いします!」


 ぼくも負けじと大きな声で答える。

 用意が出来たら一番若い人がトレーを運んで来てくれる。


「どうぞ……」

「ありがとうございます」


 礼を言い、受け取る。伏し目がちの彼女はそれだけでそそくさと行ってしまう。

 おばさん曰く、恥ずかしがり屋なんだそうだ。正直、恥ずかしがり屋というより暗いイメージの方が強い。一度だけマスクを外したところを見たことがあるが、なんというか……うん、地味だった。暗いというのはぼくだけのイメージではなく、寮生なら誰でも思っていることだろう。あまり好かれるタイプではないのだろうが、ぼくは別に嫌っているわけではない。

 むしろあれだ、いじめて泣かせたいというか。




「このドSが」

「失礼な」


 食堂の彼女の話をすると、こいつは決まってこう言う。


「失礼も何も本当ドSだと思う。キモイ。怖い。食堂の人かわいそう」

「そうかなぁ」

「自業自得のような気もするけど、それを差し引いてもかわいそう」

「ひどくない? 君、ぼくの友達だよね?」

「その前に女ですから。同性の味方なんですー。でもまぁお似合いかも。変態同士」

「失礼な……」


 まぁ自分でもちょっと変態かも、と思わなくはないけど。

 彼女の方は変態とは違うと思う。たぶん。


「でもあと一週間ないよ。どうすんの?」

「そうなんだよね……」


 どうしようか、本当。

 食堂の彼女と距離を縮めるべく、食堂に行った際は話し掛けてみるようにしたことがあった。だが彼女はすぐに逃げる。が、嫌われているわけではない、むしろ好かれているはずだ。

 ……たぶん。

 あ、不安になって来た。


「ぼく、好かれてるよね?」

「じゃないの? まぁアンタの話しか聞いてないから憶測だけどさ」

「だよね……確かめた方がいいかな……っていうか告白しないとあれだよね、終わりだよね」

「卒業したら寮には行けないもんね」


 厳密にいうと卒業したらではなく、退寮したら、である。強制退寮日は三月十五日なので本当なら猶予はまだあるのだが、ぼくは卒業式当日に退寮予定だ。親の休みと車の手配でこの日でないと引っ越しが難しいのだ。そのまま大学近くのマンションに荷物を運び、そのまま一人暮らし開始。家電や家具はすでに運び込んであるし、手続きも完了しているので引っ越しは簡単だ。


「そろそろ行動に出るか……」

「うわぁ……優しくしてあげなよ……?」

「失礼な。ぼくはいつでも優しいでしょ」

「……」


 何その表情。失礼な。



 友人と昼食を食べ、部屋に戻ると、朝蹴散らしたままだった布団が整えられ、脱ぎ散らかしていたもパジャマも綺麗に畳まれていた。いつものことである。冷蔵庫の中には野菜たっぷりのマカロニサラダと鍋にはまだほんのり温かいカレー。昨日日記にカレーが食べたいと書いたからだろう。

 テーブルに置きっぱなしの日記、実はこれ、魔法の日記なのだ。願いを書けば現実になる、魔法の日記。まぁ嘘だけど。

 実はこの部屋に住んでいる、見えない妖精さんへのお手紙なのだ。まぁ嘘……でもないか。

 この部屋に、というか前の部屋からだが、妖精さん()が出始めたのは二年の前期のことだった。その頃は二人部屋で、同室者がいた。

 何故か料理が二人分用意されていることがあり、お互いがお互いが用意しているのだと思っていた幸せだった日々。部屋に掃除機がかけられていたり、服が畳まれていたり。部活で忙しい同室者と部屋にこもりがちなぼくは、あまり顔を合わせることがなく、暫くの間お互いがお互いに感謝しているところだった。

 それがある日、誤解だと判明した時の戦慄。鳥肌が立った。寮監に訴え、鍵を変えて貰い暫くの間は、何事もなかった。が、それも束の間。

 相変わらず部屋は片付き、洗濯物は畳まれる。そして物も紛失するようになったのだ。……ぼくのだけ。

 紛失したものは何故か新品になって戻ってくるという怪奇。

 ぼくは気付いた。これは俗にいうストーカーの仕業だと。

 そして気付いた。ぼくが住んでいるのは女人禁制の男子寮だと。恐怖に慄いた。ガチで泣きそうだった。むしろ泣いた。学校には女子生徒もいるし職員には女性もいる。しかし男子寮の侵入は厳しいだろう。そもそも鍵のかかっている個室にどうやって入っているのか。

 とにかくパニックになったぼくは、ヤられる前に犯人を確保するべきだと思い当たった。安直にベッド下に隠れ、様子見。

 そうして侵入してきた犯人が、食堂の彼女だったというわけだ。

 犯人が男じゃなかったことに、心底安心した。ガチで嬉し涙が出た。この安心感が変な方向に行ったのではないかと思う。

 マスクも三角巾もしていない彼女をこの時初めて見た。顔立ちは地味だが、嬉しそうに部屋を片付ける彼女。ちょっと鼻唄を歌っていたりして、何だかかわいらしい。しかも鼻唄の癖に妙に上手いってどういうこと。

 こうしてぼくは彼女に興味を持った。しかしどうやって侵入したのかは謎だ。

 そうなるとさすがに同室者に犯人の正体を明かすわけにはいかず、ぼくは個人部屋に引っ越すことにしたのだ。そしてぼくと妖精かのじょのめくるめく愛の日々が始まる。まぁ嘘だけど。

 ただ日記を書き始めた。これ見よがしに表紙に日記と書き記し、内容は服の片付け場所が違ったおかしいな、とかいつの間に掃除したんだっけ、助かるなとか、わざとらしいものばかり。晩御飯が美味しかったとか明日は何が食べたいなとか、風呂場にカビが生えてるけど消えないかな、とか。

 良い様に使っているといわれればそれまでだが、相手はストーカーなのだ。犯罪者なのだ。使ったっていいじゃない!というわけだ。

 それを唯一知る友人はぼくと彼女を変態だというが、彼女は正しく言うと変態ではなく変質者だと思うよ。それにぼくは被害者なんだから変態じゃないと思う。まぁちょっと特殊な性癖があるかもしれないけど。そしてただストーカーを気に入るという特殊な事態に陥っただけである。


 そんなわけで。

 日記に彼女が欲しいとか童貞喪失したいとか書いたらどうなるのだろう。すごく、書いてみたい。そしたら彼女になってくれたり乗っかってくれたり……。いやそもそも普通に告白すれば良いような気もするが。

 ペンをくるくると回しながら考える。

 引かれても駄目、嫌われても駄目、刺されてバッドエンドも駄目。

 ストレートが良いか、変化球が良いか。


「よし」


 決めた。

 ぼくはカレーの感想を書き、明日食べたいもの(彼女に非ず)を書き、そして願いを書いた。彼女がこれを読む明日が楽しみだ。もしも逃げらそうになったその時は、ストーカーの証拠を提示する、それだけで良い。

非道だ外道だ悪魔だと言うがいい。痛くも痒くもない、むしろ褒め言葉だ。

 ぼくは日記に、予備のカードキーを挟み込んだ。自然と笑みが浮かぶ。


「早く卒業したいなぁ……色々」




END……?



ストーカー行為推奨の作品ではございません。

当たり前ですが、本当にストーカー行為をすると好かれることはありません。怖がられたり気持ち悪がられたりするものだと思います。犯罪です。

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