来て
カズトが夏休みの旅行にどうだろうか、ともちかけてきたのは、彼の祖母の家で過ごすというプランだった。
「おばあさんってこの前亡くなった人?」
「そう、1か月くらい入院してただけで、最期まで自宅に住んでたんだ。家はそっくりそのまま使える状態らしい。従兄弟のタツヒロさんが地元で公務員をしててさ、近くに住んでるんだ。ほんと、歩いて行ける距離に。家の管理もしててさ。」
お葬式にでたのはカズトと義父だけだし、わたしは隣の市に住んでいる義両親以外の親戚はわからない。聞いてみると北陸にある彼の父方の祖母の家はもともと農家で、目の前には田んぼ、裏手には山という絵にかいたような「田舎」らしい。しかも車で田舎道を30分も走れば、地元民しか来ないという海水浴場もあるという。今までもタツヒロさんの兄弟が泊まりに来ていたので、お客用の寝具などもそろっている。そこにタダで泊まらせてもらえるというのだ。
「もちろん、ハルカは子どもたちの面倒も、食事の用意なんかもあるから、100パーセントお出かけモードってわけにはいかないだろうけど、まあ、2、3日なら外食してもいいわけだし、どう?」
小学生と保育園児を連れて夏休みの旅行をするのは、体力もお金も必要だ。でも行かないという選択肢はない。テーマパークに行ってその近くのホテルで泊まってきたら、去年は十数万円吹っ飛んだ。安上がりで済むならそれにこしたことはないのだ。都会のマンション暮らしの子どもたちには、田舎の生活と言うだけでも、ワクワク体験だろう。
「わかった。そのタツヒロさんて人に頼んで、家の写真とか送ってもらって。」
タツヒロさんの奥さんで、中学校の先生をしているというミエコさんと、わたしはラインのやり取りをして仲良くなった。家の中の設備や、近くのスーパーの情報など、主婦が気になることのあれこれを、ミエコさんは面倒がらずに教えてくれた。もっともミエコさんは四十代。お嬢さん二人は中高生だ。子育ても 大先輩でもある。
「なんせ、田舎なのよ。ほんっと何もないからね。マンションの1階にコンビニがある普段の生活と、同じにはできないわよ。」
上等なバンガローに泊まるキャンプ、ぐらいなつもりでいてね、と何度も念を押された。
到着してすぐ、理由がわかった。
確かにちゃんと住める家なのだが、隣近所はすべて空き家なのである。一番近い店は、車で国道を13分走ったところにある、コンビニ。
斜め向かいの家は屋根が傾いて、瓦が落ちかけているし、つる草が一面に絡みついている。どう見ても廃屋と言う感じ。
隣の家は母屋の他に立派な倉もあるのだが、ガラスと言うガラスが全て割られており、敷地の入口にロープが張ってあって「立入禁止 〇〇警察署」の看板がついている。ここは去年の夏休みに、よその地区から来た高校生が荒らしていったのだそうだ。彼らが言うには旧家らしい家だから「お宝さがし」をしたらしい。窃盗というつもりはなくSNSに上げようと思ったというのが、今時だ。
もう一軒の山側に引っ込んだところにある家は、住人はないが、親戚の人が管理しているということだった。元は畑だっただろうと思われる庭には、古い建設用重機が何台かおいてあった。管理しているというより、駐機場として利用している感じだ。ハルカは真っ先に子どもたちに
「あそこに入っちゃだめよ。よそのおうちなんだからね。」
と言いきかせた。下の息子ははたらくくるまが好きなのだ。
ついた日の夕ご飯は、タツヒロさんのお宅でバーベキューだった。近所に住む、下のお嬢さんの友人だというご家族もきていて、子どもたちはおなかが満足すると花火やゲームをし、大人はビールで盛り上がった。肉は我が家からの差し入れだ。
国道沿いのタツヒロさんの家から、田んぼの中の道を山に向かって歩くと、すぐ家に着く。着くのだが。
行くときはまだ空が明るかったから、気にしなかったけれど、日が暮れた今は、真っ暗だ。田んぼ道はほんの申し訳程度にしか街灯がついていない。
「ママ、こわい。」
夜でも明るい都会しか知らない下の息子は、半べそだ。
「おばけなんか出ないさぁ。」
上の息子は強がるが、わたしのそばから離れない。
歩いている途中、突然
「グォー グォー グォー…」
と大きな音が聞こえてきた。息子たちの顔がこわばる。周りを見回すが、どこから聞こえてくるのかわからない。
「出たな、あれは田んぼモンスターだぞぅ。」
「いやだぁ! こわいー。」
カズトがふざけるものだから、上の息子までわたしにしがみついた。下の息子はわあわあ声を上げて泣き出してしまった。
「ははは、ごめん、びっくりした? あれはウシガエルっていうカエルの声なんだよ。夜に鳴くの。」
「カエルなの?」
と、わたしも驚く。上の息子は正体が明かされると、ぱっとわたしから離れて脇の用水路をのぞきに行く。
「暗いからよくわからない。」
「明日、昼間捜すといいよ。すっごく大きいカエルなんだ。」
聞けば、カズトも子どもの頃、祖母の家に泊まりに来て、タツヒロさんにからかわれたのだそうだ。
その晩はみんな疲れていて、お風呂に入るとそのまま寝てしまった。
翌朝、買い込んでおいたパンやスープで朝食をとると、子どもたちはカズトに連れられて散歩に行った。少し古いけど虫取り網や魚を捕る網なんかも置いてあって、息子たちはモンスターのカエルを捕るのだとはりきっていた。
わたしは朝食の片付けがすむと、布団をたたんで、その日の予定である海水浴場へ行く準備をしていた。普段ベッドを使っているので、誰も布団をたたむということを考えてなかったらしい。慣れない布団を抱えて片付けて、汗を拭いていると、3人が帰って来た。
「ただいまあ。」
「あら、お帰りなさい、何が捕れたの?」
「おたまじゃくしー。」
持ち手が少し錆びたブリキのバケツには、泥水と一緒に黒い太いものがいくつか、うねうねと動いている。足がはえているものもいて、気味が悪い。わたしはちょっと鳥肌が立つ。後で逃がして来なさいよ、と言おうとしたら、目の前に、バタバタ動いているものが差し出された。
「見て、おっきいバッタ!」
「キャッ!」
思わず手で振り払うと、トノサマバッタは一度玄関の三和土に降りてから、羽を広げて勢いよく外へとび出していってしまった。玄関の引き戸は開け放されていたのだ。
「もう、逃げちゃったじゃん、ママのバカ。」
「また、捕ればいいよ。ママは虫とか嫌いなんだからしょうがない。」
「やだ、あのバッタがよかった。」
下の息子のヤダヤダ攻撃が始まる。わたしは無視して奥に戻る。息子二人はまた外へ出たようだ。カズトは玄関前の廊下に座り込んで汗を拭いている。
午前中に海に行くことは決めていたから、そろそろ出かけようか、と言う話をしていたところに、上の息子が戻って来た。
「ママー、犬がいたよ。しょう君、見に行った。」
「犬? 誰か散歩していたの?」
「ちがうよ。おとなりのうちの中から犬の声がしたの。」
「入ったのか!」
カズトがあわてて外に出て行った。漢字の読めない保育園児には、ロープ一本張ってあるだけの状態など、何ら制止効果がない。
「しょう、しょう、そこは入っちゃだめだ。こっち来なさい。」
ロープの張ってある外から、カズトが呼ぶ。
「パパー、ここから犬の声がする。」
ガラスの割れた引き戸は、外から長い板を釘で打ちつけてふさいであるが、上下には隙間がある。カーテンがひいてあって中は見えないのだが、下の息子はその隙間を指さしているのだ。
「よそのおうちだから、勝手に入っちゃだめなんだ。こっち来なさい!」
いつになく厳しい声でカズトが言うので、仕方なく息子は戻ってきた。
「さあ、海に行くのよ。支度して。」
それから水着に着替えたり浮き輪を膨らませたりして、すぐに子どもたちは犬のことなど忘れたようだった。
片道26分の海水浴場には、本当に砂浜しかなく、すべり台や噴水のある都会のプールしか知らない子どもたちは、すぐに飽きてしまった。ほんの1時間ほどで「暑い、おもしろくない、もう帰る。」と言い出し、大人だけがくたびれて家路についた。
午後はみんな疲れてエアコンのきいた部屋で昼寝した。
わたしが目を覚ました時、日は少し傾いていた。部屋には誰もいない。
家の中をあちこちさがした。やはり、みんないない。
玄関から外を見た。車は残っている。
「タツヒロさんのお宅にでもいったのかしら。」
そう思ったとき、まだ2階を見ていないことに気づいた。マンション暮らしだと階段を上り下りするということ自体しないので、死角状態だったのだ。
階段を昇りきったところに窓がある。そこからは隣の家が覗けた。
見ると、隣の家の外に、上の息子がいる。なんだかおろおろしているようだ。
「しょうくーん、出てきてよ。」
わたしはあわてた。今朝の出来事を思い出したのだ。
「まさか、あの中に入っていったの!?」
大急ぎで階段を駆け下り、外へ出る。緊急事態だからロープなんか遠慮なく、くぐる。
「ママ、しょう君が泣いてる声がする。」
言ってる本人も泣きそうな顔をしている。いったいどうやって入ったんだろう? 板の下のすき間は、せいぜい20センチぐらいしかない。
「ヒック…、ヒック…。ママー…。」
かすかな声が聞こえた気がした。これ、下の息子の声?
おかしい。確かに泣いてるような声だけど、違う。うちの子じゃない。
「誰かそこにいるの!」
少し大きい声を出して、わたしは言った。中の鳴き声は止まった。
「いるんなら、こっちに来て下から手を出しなさい。」
中で動く気配はない。上の息子も
「しょうくーん、こっち来て。」
と呼びかける。少し待ったが、やはり声も動きもない。
「何やってるんだ、二人とも。」
突然、後ろから声がかかった。
虫取り網を持った下の息子の手を引いて、カズトが立っていた。
「しょうくん!!」
と、上の息子が駆け寄る。
「バッタ、いっぱい捕れた。」
と下の息子は無邪気に笑った。
「なんだ、また犬の声がしたのか。」
とカズトが不審そうに聞く。
「いいえ。」
と、安心感で力の抜けたわたしに、最後の声が聞こえた。
ココヘ キテ




