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同情者

作者: 小川大河
掲載日:2026/07/09

 駅前は人々であふれかえっていた。これから出勤だというのに。住宅街にある、この駅は普段は人で賑わうことはない。何かあったのだろうか。会社に遅れてしまったら面倒くさい。人々のざわめきが聞こえる。何を話しているのかは分からないが。駅の改札にホワイトボードがおいてあった。

 「人身事故 普及までお待ちください 時間は未定です」

 なんてことだ。朝の通勤時間帯に。これでは仕事に間に合うまい。会社に連絡しなければ。午前中は混んでいてもう電車には乗れないかもしれない。ざわめきの正体これだったのか。

 「どうせ、自殺だろ。なんでこんな時間帯にするかな。仕事できないじゃん。」

 誰かが言う。なにか急な仕事があったのだろう。それとも、出来高で給料が変わるのかもしれない。自分は月給で固定だから給料は変わらない。なんか得した気分だ。夢はないけど。やる気のある労働者とやる気のない労働者が一目瞭然だ。やる気のある者たちは怒っている。わりと堂々と。やる気のない我々は内心喜んでいる。喜んでいることを周囲にバレないようにコソコソしている。でもおそらくバレている。だって自分でも分かった。周囲の学生たちの集団は嬉しそうだ。学校をサボる大義名分ができたからだろう。どこかカフェでも言ってゆっくりしよう。

 「かわいそうに。かわいそうに。」

 隣でなにか言っている。嗚咽混じりの声だ。その人の身体はカタカタと震えていた。もしかしたら電車にはねられた人の知り合い。自分の知り合いか。こっちを向いた。目が会う。いや知らない。

 「朝から電車に轢かれるなんてかわいそうでかわいそうで。何も言えないです。まして、自分から線路に飛び込むなんて。いったい何があったのだろうかと。どんな気持ちでそんなことをしたのだろうかと。いったいどんな人だったのだろうとか。知りたかったです。生きている間に。だって線路に飛び込んだんですよ。」

 カフェに行くか、と聞いたらついてきた。不可解な人物とお茶をしている。どうやら全く無関係の人物だったらしい。

 「そんなにその人に気持ちを知りたいのなら、あなたも列車に轢かれればいい。朝、はねられた人を知らない我々には理解できない。見知らぬ者についてどうこう言っても仕方のないことだと思います。そうやって自分は傷つかないところから高みの見物を決め込むヤツラが一番たちが悪いと思いますよ。」

 「自分は列車に轢かれたいわけではないのです。別に死にたいわけでもない。高みの見物でもそれしかできないのだから仕方ない。何もしないよりはマシだと思ってやっているんです。ただ、実際に自ら死ぬ人がかわいそうなんです。だって、自分でやるんですよ。そんなことになると、何のために生きていたんですか。それをするためには圧倒的な絶望が必要です。どんなに苦しいことがあったのだろう。誰とも分かち合えぬ苦しみです。人に話しても理解されないでしょう。おそらく私にも。そういうのってどうしたらいいのだろう。自分はそう思っただけなんです。でもそれが悲しくて悲しくて。」

 その人は悲しみを抱えていた。だがそれ以上に心が落ち着いていた。どんな絶望でも受け止められるくらい。多分そういうことなのだろう。精神が虚弱に思えた。でもそんなことはなさそうだ。ピンピンとして元気である。自分にはそれはどうこう言っても仕方のないことだった。どうでもよかった。でもどこかに、少しでもいいから、自分の何処かに受け止めておきたいと思った。他にやらなくてはいけないことが無数にあるけれど。

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