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明日の準備

 食堂を出、自室に戻ろうとしたら、廊下で神殿長に捕まりました。

 神殿長は実家の父より年上に見える40がらみのデbいえ恰幅の良い中年男性で、特注の司祭服に身を包み(既製品ではサイズがありませんからね!)、質素倹約を是とする神の教えに喧嘩を売るかのようにぽっちゃりとした10の手指に余す所なく貴金属だの宝石だのの指輪を装着しておられます。

 神殿長は私の先行きを案じるようなことをおっしゃいつつも、表情がお口を裏切っています。やはり神は見ておられる、生意気な女には似合いの末路よのぉ、等々いつものお説教。そして、


「明日は日の出と共に迎えの馬車が来る。準備をしておけ。いいか、神殿の物は何一つ持ち出すことはまかりならん。お前の部屋も何もかも、原状回復の後、去るように。来た時よりも美しく、じゃ」


さらには、


「今宵の『夜のお努め』の当番はお前だったのう? しっかり励めよ。……おぉそうじゃった、お前は魔封じの首輪を着けられておったのだった! 魔力が放出できねばお努めは無理よのぉ。儂としたことがうっかりしておったわい。すまぬのう、無能な平民に無理を申した。

 安心せい、今夜のお努めはマリアとセシルにさせておる。あやつらも低能な平民じゃが一応は聖女じゃからのう。今のお前よりはマシじゃろうて。

 神に逆らえば罰が下る。当然の報いじゃ。思い知ったであろう? 平民の分際で儂に意見するなど、そりゃあ神もお怒りじゃろう」


そしてとどめに、


「原状回復、わかっておるな? 無能な聖女、いやすまぬ元聖女じゃった! 無能な平民でも掃除ぐらいは出来ようて。ほっほっほ、忙しい夜になりそうじゃのう!」


と、きたものです。この方いつかどなたかに刺されないでしょうか。




 自室、と申し上げても、私に与えられた部屋は物置部屋です。

 セシルがきた時、彼女がここに押し込められそうになったので、私が申し出て、私が使っていた部屋をセシルに譲りました。とは言え、所詮は平民聖女の居室ですから、元の部屋とてここと大差ありません。

 以前の部屋は絨毯もなく木の床むき出しのがらんとした空間に古びたベッドと壊れかけの簡素な物書き机に椅子が1脚、というレイアウトでした。今の部屋は、壊れた物、使わなくなった物、要らない物ばかりに囲まれて、木箱を3つ縦に並べて寝台を作り、その上にドサ回り時に使用する寝袋を敷いて寝るという……何と申しましょうか、実家にいた頃を思い出させる部屋です。実家もこんな感じでした。

 貧乏だ貧乏だと連呼する割に充実していた母と弟の衣裳部屋ーーそのどちらかを私の部屋にする、という案は、ついぞ出ませんでした。ちなみに、実家での私の居室は屋根裏部屋でした。

 神殿も、実家も、似たようなものです。魔術学院の寮に入ってから私は人並みの暮らしというものを知ったのです。国内の女子は誕生月には毎年最寄の教会あるいは神殿で聖女判定なるものを受ける義務があるということを、私は16歳の時に初めて知りました。魔術学院のリズ先輩にお誕生日の贈り物を差し上げた際に、ファティマちゃんの誕生日も盛大に祝ったげなきゃね誕生日いつ? からの、えっ今月なのじゃあ神殿行かなきゃじゃん、という流れでの、発覚でした。つくづく私の実家は私に対する興味関心がなかったことを裏付けるエピソードです。

 神殿内の居住区には、以前聖女が10人単位で在籍していた頃の名残で空いているお部屋が幾つかありはするのですが、それらは全て『貴族用』なのだそうです。現在は、聖女様方がお連れになった侍女の方達や、貴族出身の巫女達が使用しています。神殿長曰く、「(居住区に)平民に使わせる部屋は無い!」とのことで、私とセシルは『生活区』と呼ばれる厨房や洗濯場のある別棟で暮らしております。マリア様はご自身を『平民聖女隊』とおっしゃいますが、彼女は裕福な男爵家のご出身ですから、居住区にお部屋をお持ちです。おそらく神殿長は、実家からの持参金いえ寄付の過多で聖女の待遇を決めているものと思われます。


 住めば都とはよく言ったもので、物置小屋にも利点はございました。

 いわゆる水場が近くて、ドサ回りこと浄化任務やその前段階での視察、あるいは夜のお努めの後等に、人の耳目を気にせず入浴したり調理したりが可能です。これは大変ありがたいことです!

 私はひとまず自室に入り、神殿長の気配が完全に消えたのを確認してから浴室に行きました。セシルが使用した後、そのままだったのでしょう。湯船と呼ぶにはあまりな木樽には水がたっぷり入っておりました。殆ど水に近い温度だったのでいつも通りに火魔法で温めーー使えました、火魔法。おそらくこれが最後の湯浴みになるでしょう、ということで念入りに髪も体も洗いまして、魔術学院時代から着倒している寝巻きがわりの綿のポンチョを着用し、神殿長曰くの『明日の準備』に着手致しました。


 先程までいた食堂に人気がないことを確認し、厨房に入り調理を開始します。北の辺境伯領ことサザナミに足を踏み入れたことこそないものの、その手前あたりの領には浄化任務で訪れています。

 明日の為の朝食用の軽食と、まさかの時の非常食。魔術学院時代にこなした『戦闘任務』は、世間知らずだった私に様々なことを教えてくれました。まさに「腹が減っては戰はできぬ」のです。魔力体力回復する上、お腹も満たせる薬膳クッキーは、しっかり焼きしめれば数日は保ちます。クラウス第一王子がライフワークの延長でこしらえて、試作品だからと使ってと譲って下さった『保温水筒』なる魔道具には、私ブレンドのこれまた魔力増回復に特化した薬膳ハーブティー。ドサ回り前の夜の、いつもの手順で、いつも通りにーーちゃんと火は点きました。火魔法はやはり問題なさそうです。

 調理を終えて、後片付けに、洗い物。水魔法もちゃんと使えました。

 風魔法で、洗浄済の調理器具の乾燥。これも、問題ありません。


 部屋に戻って、明日の準備を改めて。

 とは言え荷物はそんなに多くはありません。魔術学院時代から使用している背袋に数着の衣類と筆記具と。同じく肩掛け鞄には先程調理した薬膳セット一式に魔法陣の護符数枚。魔術学院時代に大活躍してくれたにも関わらず、聖女の『掟』(=攻撃不可)に縛られ部屋でお留守番だった相棒こと得物のメイス。私個人の持ち物は、これだけです。寝袋は明日の朝、背袋に収納することに致しましょう。

 そして、あぁそう言えば、と思い出し、書類の入った大きな封筒を2セット、ベッド代わりの木箱の下から取り出します。きっちり封をし、さらに封印魔法を施した封筒のうちのひとつは、衣類を詰めた背袋の一番奥に突っ込んで、もうひとつをポンチョの下に隠して、私は再び廊下に出、気配を探りながら目的の部屋に向かいました。






『貴族聖女の居住地』の最奥の、一番広い部屋が目的地ことミランダ様の居室です。

 夜分に失礼致します、このような格好で申し訳ございません、と前置きした上で、私は封筒をミランダ様にお渡し致しました。

 もしミランダ様が本当にクラウス殿下に現状を訴えるのであればこれはきっとお役に立つはずです。私はミランダ様にそうお伝え致しました。

 ミランダ様は受け取り、私の目を真っ直ぐ見つめておっしゃいました。必ずクラウス様にお渡しするわ、と。

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