破戒聖女、断罪される
「ファティマ・スルフェ子爵令嬢、この度は愚弟が本当に申し訳なかった」
魔術学院の先輩ラウス様の顔でなく、この国の第一王子クラウス殿下として私に魔封じの首輪を手ずから装着させた彼に、私は何を申し上げたら良いのか逡巡致しました。
今更謝られても、という気持ちと、その謝罪は貴方様のなすべきことではありません、という戸惑いと。
『現場』帰りの汚れた聖女のローブのまま、身づくろいさえ許されずに投獄され、半ば連行されるようにして訪れた王宮内の、謁見の間。初めての場所の広さと厳かさにただただ圧倒される小市民・・・・・・それが、私です。
「恐れながら殿下、発言をお許し下さいませ」
それでも私はどうしても、伝えておかなければならないことがありました。許そう、と、王族仕様で許可したクラウス殿下に、私は申し上げました。
「私はスルフェの家は捨てました。今の私はただの平民、破戒聖女ファティマです」
え、そこ⁉︎ と、思わずといった風に苦笑した第一王子を咎める者などおりません。
この広く厳かな謁見の間には、殿下の護衛騎士2名の他には私と殿下のふたりきり。国王陛下と正妃様はご公務で国を離れており、この件は第一王子預かりとなっております。側妃様は元聖女で、国内の社交以外のご公務は免除するという破格の条件でお輿入れなされたお方ですから、この場にいらっしゃらなくても当然です。いえ、それを抜きにしても今頃はおそらく、ご子息である第二王子のお世話に大わらわでしょう。
それよりも殿下、この破戒者にさっさと引導を渡して下さいませ、と願いつつ臣下の礼を取る私に、殿下は心を決めたように、凛として告げました。
「聖女ファティマ、貴殿は聖女でありながら『掟』を破り、攻撃魔法を使用した。よって破戒者として神殿を追放。王都より所払いを申し渡す。追放先は北の辺境伯領サザナミ。出発は明朝。・・・・・・異論はあるか?」
王家特有の見事な金髪、サファイヤの瞳。正妃様譲りの美貌の王子は文武に秀で、人望もあります。聖女の血など引いていずとも、この方は王者の器です。この方が次期国王なら、このシスティーナ王国はさらに栄えることでしょうにーー。
「いいえ。寛大な御処置に感謝致します」
私は心から申し上げました。
それでは失礼致します、と最後のカーテシーをキメまして、とっとと謁見の間を後にした私を、殿下が小走りで追ってきました。
「待て待て待て、ちょっと君、切り替えが早すぎやしないか? もっとホラ、何かないのか? 申し開きとか、言いたいこととか!」
いやいやいや、と、さかんに首を振り、さらさらの金髪を揺らす彼は、クラウス第一王子ではなく、魔術学院の先輩ラウス様モードでした。
「覚悟はしておりましたもの」
寛大な御処置云々は嫌味でも皮肉でもありません。私は続けて、
「それにしてもドサ回り帰りのボロッボロの聖女服でカーテシーなんて最後の最後までキマらなかったですわ。もっとも私、改まったドレスなど所持しておりませんけれど」
「え、そこ⁉︎」
本当に君は面白いね、と苦笑する殿下は次には真面目な顔つきになって、
「神殿まで送るよ」
なるほど、監視というわけですか。
「この期に及んで逃亡など致しません」
「いや、そんな心配はしてないし。もう薄暗い、何かあってはーー」
むしろ好都合なのでは? 私に罰を言い渡したのは貴方でしょうに。
黄昏時の薄暗闇でも、ラウス先輩がクラウス殿下の空気を纏ったのを察して、私は言いました。
「殿下、私は何度あの場面を繰り返しても、絶対ああしておりました。あのままでは人死にが出ました。私は、あの時の私の選択行動に何の後悔もございません」
神殿はすぐそこでした。
ありがとうございました、ここまでで結構です、護衛の方々もご苦労様でした、と一礼した私の腕を、待って、と、殿下が掴みます。殿方にこのようなことをされたのは初めてです。どうしていいかわかりません、振り払うことは不敬でしょうか?
「すまない、ファティマ」
「謝罪はもう結構、とーー」
言いかけた私の耳元で、私を抱きしめるようにして、クラウス殿下は低く早口におっしゃいました。
「その首輪は外れる。封じてるのは光魔法だけだ。サザナミに着いたらヴィスを訪ねろ。彼なら外せる」
「・・・・・・」
意図がわからず小首を傾げる私を囲う殿下の腕の力が、ぎゅっと強まった気がしました。ほんの一瞬、気のせいでしょうか。
唐突に解放された私はただただ殿下を見上げておりました。薄闇の中、金の髪だけが浮き上がるように見えました。
尚もついて来ようとする彼に、私は言いました。
「神殿内は男子禁制です」
例外は神官と司祭のみ。これも、神殿と聖女における『掟』です。
「ファティマ・・・・・・」
何か言いかけた殿下に構わず、私は彼に背を向け、言いました。
「さよなら殿下。御恩は一生忘れませんわ」




